有東遺跡に弥生の木棺 静岡「登呂ムラ」祖先の墓か 95年に出土、2月初公開へ

 静岡市駿河区富士見台にある弥生時代中期の遺跡「有東(うとう)遺跡」から1995年に木棺墓1基が出土していたことが31日までに、同市への取材で分かった。専門家によると、東日本で木棺が出土するのは珍しい。同遺跡は弥生時代後期に形成された「登呂ムラ」の母村と考えられていて、登呂ムラの住人の祖先に当たる墓とみられる。登呂遺跡からは墓自体が見つかっておらず、関連性を考える上でも貴重。木棺は傷みが激しいが、保管する静岡市は、2023年が登呂遺跡発見から80年になるのを機に、2月に初公開する方針だ。

木棺が出土した場所(赤丸)。静岡平野には登呂遺跡(中央下)や有東遺跡があり、弥生時代に開拓された歴史が残る=12月下旬、静岡市駿河区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
木棺が出土した場所(赤丸)。静岡平野には登呂遺跡(中央下)や有東遺跡があり、弥生時代に開拓された歴史が残る=12月下旬、静岡市駿河区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
有東遺跡の発掘調査で出土した木棺墓(静岡市提供)
有東遺跡の発掘調査で出土した木棺墓(静岡市提供)
有東遺跡
有東遺跡
木棺が出土した場所(赤丸)。静岡平野には登呂遺跡(中央下)や有東遺跡があり、弥生時代に開拓された歴史が残る=12月下旬、静岡市駿河区(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
有東遺跡の発掘調査で出土した木棺墓(静岡市提供)
有東遺跡

 同市によると、木棺は長さ約1・2メートル、横幅約32センチ、高さ約30センチ。静岡南署東側の商業施設建設に伴う発掘調査で見つかった。歯や副葬品とみられるやじりもあった。歯の大きさから成人の墓とみられる。骨は残っていない。
 木棺は周囲の土ごと切り出し、樹脂で覆って同市清水区の収蔵施設で研究の本格化に向けて保管していた。出土したことは、市教委が1997年に発行した同遺跡の第16次調査報告書に記されているが、一般には公表されてこなかった。弥生中期は、静岡平野で稲作が始まった時期に当たる。後期になると、「有東ムラ」での生活の形跡は確認できなくなり、同時に南側に登呂ムラが出現する。稲作により適した土地を求め移った可能性がある。
 木棺は2月25日から市立登呂博物館で開催する特別展「静岡に眠る弥生時代の開拓者」で展示される見込み。出土から四半世紀を経て劣化が著しく、木棺の一部や発掘当時の写真を飾るほか、複製品を置く。やじりは実物を展示する。
 静岡平野の遺跡に詳しい静岡大の篠原和大教授(考古学)は「時代が下り有東ムラから登呂ムラに拠点が移った可能性は高く、木棺は登呂ムラの人々の祖先の墓といえる。木棺を加工した当時の人々の技術力をうかがい知ることもできる」と木棺出土の意義を話した。

 <メモ>有東遺跡 弥生時代中期の遺跡で、静岡平野にできた拠点集落の一つとみられる。居住域や水田域が確認される。四方に溝を掘って中央部を盛り土し、埋葬する「方形周溝墓」と呼ばれる墓が複数出土しているが、木製の棺が納められた木棺墓は1基しか見つかっていない。土器や石器が多数見つかっていて、特徴から遠江や伊勢湾、関東などの人々が定住したと考えられている。遺跡周辺は市街地化されていて遺跡の外観を見るのは困難になっている。

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