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第四章 骨肉の争い(40)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 天魔のせいで逆賊にされたのではたまらない。
(天魔のせいではなく、紛れもなく院のせいであろう)
 さらに、頼朝[よりとも]追討は院の意思ではなく、院宣[いんぜん]を出さねば自殺すると義経[よしつね]らに脅されたため、仕方なく……と続く言葉に、
 「この言い訳は他でもない。院のご意思なのだな」
 使者に確認した。使者は困ったように項垂[うなだ]れる。そうだと答えたようなものだ。
 頼朝は怒声を上げた。使者に対してではなく、遥[はる]か京にいる後白河[ごしらかわ]法皇に対してだ。
 「これまで院に命じられるまま、院への忠節から数多[あまた]の朝敵を成敗してきたわが行いを、『反逆』と簡単に言われるか。しかも、それは本気では無かったと?」
(本気でない追討の命で討伐されたら、たまらぬだろう。やられる方の身になって考えたことはあるのか)
 頼朝はいったん言葉を切ると、大きく息を吸い込む。呼吸を整え、再び罵倒を始めた。
 「ご意思無き院宣を下されたことで、新たな血が流れ、人生が終わる者も出てくるのですぞ。哀れとは思われませぬか。文治となった世に徒[いたずら]に騒乱を呼べば、諸国は混乱を極め、やがてはそれが人民の困窮へと繋[つな]がりましょうや。されば……」
 さすがにこの国の最大の権力者に向かって言葉が過ぎるという冷静な思いが頭を過[よぎ]ったため、ほんのわずかの間、頼朝は次の言葉を口にするのを躊躇[ためら]った。が、利口過ぎて破天荒になり切れぬ自身の殻を破るような心持ちで、一際[ひときわ]大音声を響かせる。
 「されば、他でもない、日本国第一の大天狗[てんぐ]ではござらぬか」
 貴方こそが、という言葉は呑[の]み込んだ。
後で小野田盛長[もりなが]から、「よくぞ、申された」と喜ばれ、中原広元[ひろもと]からは、「今後は感情に任せた言動はお慎みくだされ」と大真面目に咎[とが]められた。
 「予は冷静である」
 頼朝はむすりと答えると、同じ内容の書状を認[したた]め、御所にも送り届けた。
 後白河法皇は書状に目を通した後、「諧謔[かいぎゃく]なぞわからぬ男と思うたが、面白いことを言いよるわ」と笑ったが、「さてさて、鎌倉の要求を呑まねばならぬが、何と言うてくることか」と脇息の上で人差し指を上下させたという。
 頼朝は、全国にあまねく惣追捕使[そうついぶし]と地頭の設置を認めさせ、鎌倉に否定的な公卿[くぎょう]を解官させ、朝廷から一掃した。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)

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