第四章 骨肉の争い(36)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】
義経[よしつね]が源行家[ゆきいえ]を見事討伐すれば、再び鎌倉へ呼び寄せるつもりでいた。父の供養の行事に参加させてやりたかったからだ。

供養の日は、平家追討の遠征で西国に行った者たちもほとんどが鎌倉に戻り、勝長寿院に一堂に会することになっている。現地で戦後処理をしていた範頼[のりより]も、一昨日供養の導師を連れて戻ってきた。義経も参加すれば、いったん亀裂が入った兄弟仲も修復されたと、御家人どもに知れ渡るはずだった。
これまでのことは互いに水に流し、範頼・全成[ぜんじょう]と共に片腕となってもらえれば……そんな甘いことを頼朝[よりとも]は夢想していたのだ。
何もかも潰[つい]えてしまったわけだが、それも悪くないと頼朝は思っている。おかしな感情だが、義経が権力に阿[おもね]る道を取らず、あくまで自分に正直に命の焔[ほのお]を燃やそうと起[た]ったことを、いっそ清々[すがすが]しく感じた。
(私の下で型にはまった生き方ができるほど小さな器ではなかったということだ)
暴れ馬のような男だが、結局はそれこそが実に源氏らしいではないか。
弟と骨肉の争いを繰り広げる己もまた、平和の中では燻[くすぶ]るしかなく、血の匂いの沸き立つ争いの中でより輝く源氏の気質に満ちている。
義経をこれから屠[ほふ]るのだと思うと、そんな結末しか迎えられなかったことへの悔恨と同じくらい、ぞくぞくする悦びを覚える。
頼朝は、二十四日の供養の際の選抜された随兵の中から、郷[さと]御前の弟の河越重房[しげふさ]を外した。愚かな姉を持ったばかりに、重房の未来は厳しいものになるだろう。
二十四日は空が青々と晴れ渡り、風の無い日となった。頼朝は巳[み]の刻(午前十時頃)に束帯姿で御所を出た。徒歩で勝長寿院へと向かう。
頼朝の剣は長沼宗政[むねまさ]が携え、鎧[よろい]は佐々木高綱[たかつな]が身に纏[まと]った。全ての始まりとなった山木館襲撃の際、佐々木四兄弟が豪雨に遭って約束の時刻に現れず、やきもきさせられたことを頼朝は思い出した。頼朝方が最初に上げた堤信遠[のぶとお]の首級を掻[か]き切ったのが、佐々木兄弟だ。今日の栄誉は当然の報労だった。
行列を組んで従う御家人らは百二十人を超える。みな、頼朝によって選び抜かれたつわものたちで、誇らしげな顔をしている。このうち境内へ入るのは半数で、残りは門外に左右に分かれて控える。
御堂の左側に設[しつら]えられた仮屋の御座に頼朝は座した。
(父上、ようやくここまで参りました)
頼朝は心中で父義朝[よしとも]に話しかけた。
(秋山香乃・作/山田ケンジ・画)