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第四章 骨肉の争い(28)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 頼朝[よりとも]は重衡[しげひら]の死に深く感じ入った。
 (私はどんな死を迎えるのであろう)
 誰にも言えぬが、自分がなぜ自身の心を殺し、「鎌倉殿」として生きているのか、分からなくなる時がある。
 だからといって、大勢の血肉を喰[く]らって強大に育っていく「鎌倉」という名の化け物を、今更放り出すわけにいかない。誰が鎌倉に嫌気がさして去っていこうと、化け物を産んだ頼朝だけは、立ち止まらずに共に走り続けなければならない。
 (ほかに制御できる者もおらぬしな)
 ただ、人生の中で本当に欲しかったものは何なのか、そう己の胸奥に問い掛けたとき、蘇るのはなぜかいつも八重[やえ]姫と千鶴丸[せんつるまる]の三人で過ごす穏やかな風景だった。かつて頼朝の手から零[こぼ]れ落ちた二度と取り戻すことの叶わぬ憧憬だ。
 だから、あの臆病者の宗盛[むねもり]が、最後は平家総帥[そうすい]という殻を脱ぎ捨て、ただの親馬鹿のような姿で死んでいったのは、ある意味、天晴[あっぱ]れだった。
 (槐門[かいもん]とて、壇ノ浦の決戦までは、逃げ出すことも叶わず、一族を率いたのだ)
 幾人もの平家の公達が、都落ちの後に戦いを放り、自害したり逃走したりした。一番に逃げ出しそうな性格の宗盛だったが、投げ出すことなく崩壊しかける平家を最後まで統率した。ただ最後は、「もう十分だろう」とばかりに、自分自身に戻ったのだ。
 他の誰が蔑[さげす]んでも、役割を捨ててただ人として死んでいった宗盛を、平家と勢力を二分する武家の棟梁頼朝だけは「よくやった」と心中で称[たた]えてやった。
 (私は鎌倉という化け物にすでに半分くらい、魂を喰われておるというのに、槐門は己にとって一番大切なものを、最後まで見失わなかったのだな)
 後世に名の残る立場にある者として、なかなか宗盛のように振り切れるものではない。重衡でさえ、「南都焼打ちをした平家の大将」という役割のまま死んでいったではないか。
 そういえば、と頼朝は思い出す。龍[たつ]姫が心を失くした際、朝日[あさひ]御前は鎌倉殿の御台所[みだいどころ]としてではなく、一人の母として頼朝に食って掛かった。
 (御台も未[いま]だ何一つ大切なものを見失ってはおらぬようだ)
 その中にすでに頼朝はいないのかもしれなかったが。
 凄[すさ]まじいばかりの孤独は、常に権力者の支払う代償だ。鎌倉は未だ血を欲している。頼朝が引き返すことはない。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画)

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