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第四章 骨肉の争い(27)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 重衡[しげひら]の最期はどうであったのか。文武両道で武芸にも秀で、どこか達観した見事な男であった。惜しい、と感じ、御所に住まわせ、身柄を預かる間は最大限の礼を尽くした。
 朝日[あさひ]御前が可愛[かわい]がっていた千手[せんじゅ]という名の女房が、重衡を慰めるための宴で琵琶を奏でたが、たちまち恋に落ちた。朝日御前の計らいで、千手は重衡の身の回りの世話をする役に付き、二人は濃[こま]やかな情を交わしていたようだ。南都へ引き渡されるために鎌倉を出立するまでの一年間、それは続いた。
 できればこのまま二人を夫婦にしてやりたいと朝日御前が祈りながら見守っていたのを、頼朝[よりとも]は知っている。頼朝もそうしてやりたかった。だが、東大寺と興福寺を焼き、僧侶のみならず信徒共々焼き殺した罪は、償わなければならない。
 南都は強い恨みを持って重衡を文字通り八つ裂きにするだろうと、噂[うわさ]されていた。穏やかな死は望めまい。もしかしたら全ての平家の中で、もっとも惨[むご]い死を迎えたかもしれない―――そう案じたが、
 「あれほど荘厳な死は、見たことがありませぬ」
 公長[きみなが]が意外なことを言う。
 「荘厳だと。どういうことだ」
 「三位中将([さんみのちゅうじょう]重衡)は出家を望まれましたが、南都焼打ちをやった身で叶うはずもなく、『罪業は深く、善根は微塵も蓄えなき身』と己の死後の行き先を覚悟しておりました」
 それでも東山吉水の草庵で浄土宗を広めていた法然房源空[ほうねんぼうげんくう]を呼び、生前に自身の仏事を済ます逆修[ぎゃくしゅ]を行ったという。源空は、専修念仏[せんじゅねんぶつ]を説き、「南無阿弥陀仏」を唱えれば悪人も救われると教え、衆生救済を目指す僧だ。
 南都の大衆は、いかに苦痛を与えて重衡を殺すか知恵を絞ったが、「苦しめて殺すなど、僧たる者として恥ずべき行為であろう」と言い出す者がいて、結局は連行した侍に処刑の方法も含めて一任した。このため、木津川の河原で首を切られることになったという。
 当日は、重衡に家族を殺された者たちや、野次馬が駆け付け、その数は数千に及んだ。
 「わが罪の重さの数よ」
 重衡は見物人の山を見て呟[つぶや]いた。
 いざ首を切るという段になって奇跡が起こった。西の空に紫雲[しうん]がたなびいたのだ。西に現れる紫雲には仏が乗っていると伝えられている。それが重衡の死を前に現れたのなら、かの罪人の魂は御仏の来迎を授かったのだ。誰もが息を呑[の]んで神々しい空を見た。重衡も空を仰ぐ。仏に応えるように高らかに念仏を十遍[じっぺん]唱え、「いざ」と処刑人に声を掛けた。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画)

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