大自在(11月23日)勧進帳

 歌舞伎で人気の演目「勧進帳」。大名跡を継いだ十三代目市川團十郎白猿さんが、東京・歌舞伎座で開催中の襲名披露公演で「家の芸」として弁慶を演じている。
 主君の義経を守り抜こうとする弁慶の誠実さが、関所を守る頼朝方の富樫の心を動かし、それと知りつつ一行の通過を許すというヒューマンストーリーが胸を打つ。静岡市出身の元アナウンサーで伝統芸能に造詣が深い山川静夫さんは著書の中で、その魅力の一つに、緊迫感の後の「ノーサイドの心地よさ」を挙げる。
 大きなヤマ場が勧進帳の読み上げ。富樫は本物の山伏なら、東大寺再建の寄付を募る勧進帳(趣意書)を持っているはずだと弁慶に迫る。弁慶はたまたま持っていた巻物を広げ、あたかも勧進帳のごとく朗々と読み上げる。2人の対峙[たいじ]がスリリングだ。
 記事を頭の中で組み立て、そのまま電話で吹き込むことを「勧進帳」というマスコミ業界用語は、ここから生まれた。新人記者時代、締め切り間際に現場近くの公衆電話から、これを鮮やかにこなす先輩の姿にあこがれた。
 携帯電話やノートパソコンが普及する前の話だ。群馬県・御巣鷹山の日航機墜落事故で騒然とする地元新聞社を描いた小説が原作の映画「クライマーズ・ハイ」では、記者がやっと確保した電話で、メモを片手に現場の状況を送稿する場面があった。原稿を書く場所も、時間的余裕もない緊張感。紙面に載った記事は粗削りではあるが、臨場感と迫力があるように思えた。それは舞台の勧進帳の、終始気の抜けない名場面の数々に通じよう。

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