第四章 骨肉の争い(11)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

三月二十四日の夜、頼朝[よりとも]は夢を見た。
「兄上、兄上」
聞き知った声ではないのに、どこか懐かしさを覚える成人した男の声で呼ばれ、頼朝は真っ暗闇の中、辺りを見渡す。なぜ自分がこんな暗闇の中にいるのか、ここがどこなのかも分からない。
「こちらでございます。兄上」
声の方から男の姿がスーと浮かび上がる。
「何者だ」
誰何[すいか]すると、
「お忘れですか」
男は悲しげに瞳を澱[よど]ませた。初めて見る顔だが、やはりどこか懐かしい。
(母上に似ているな)
思ったとたん、熱いものが体の芯から噴き上がった。まるで火山が身の内で爆発したような感覚の後、大きな哀[かな]しみに包まれた。
「五郎、五郎なのか!」
次の瞬間、土佐に流されて殺された同母弟希義[まれよし]なのだと、はっきりわかった。男は嬉[うれ]しそうに笑った。
「ああ、五郎か。別れた時はまだ八つだったというのに、大きくなったなあ。それにしても生きておったのだな。亡くなったと伝え聞いておったため、どれほど嘆いたか」
頼朝は駆け寄って希義の顔をよく見ようとした。だが、近づくと同じだけ遠ざかる。しかも希義の足は少しも動いていない。
頼朝は呆然[ぼうぜん]となった。やはり希義は死んだのだ。黄泉[よみ]の国から会いに来たというのか。
「何か、未練があるのか……」
そう尋ねて、すぐに未練だらけだろうと胸が痛んだ。だのに、
「いいえ。未練は今日、立ち消えました。ご覧ください」
希義がそう言うと辺りがぼんやり明るくなり、足元にも遠くにも、幾千もの屍[しかばね]が頽[くずお]れている姿が目に映る。屍は皆、甲冑[かっちゅう]を身に着け、矢が刺さっている者も多くいた。
「これは……」
「平家の屍でございます」
「平家の……追討が成し遂げられたのか」
希義がそうだとうなずく。
「これでやっと本当の意味で吾[われ]は眠りにつくことができます。ああ、長かった……」
希義の頬に涙が幾筋も伝い、見る間に小さな子供の姿に変わる。頼朝の見知った姿だ。
「もっと生きていたかった。憎うて憎うて、鬼になってしまうところでございました」
頼朝は、駆け寄って小さな五郎を抱きしめようとしたが、伸ばした手は空を掴[つか]み、弟の声も姿も消えていった。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)