テーマ : 連載小説 頼朝

第四章 骨肉の争い(3)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 六月に行われた小除目[こじもく]で、範頼[のりより]は三河守に任命されたが、義経[よしつね]は外された。頼朝[よりとも]の意思だ。そのことを範頼が殊更喜んで、「九郎の奴め、意地汚く事前に兄上に頼み込んだくせに外されたぞ」と鎌倉で吹聴して回っていたことを、都にいた義経は人伝[ひとづて]に聞き知っていただけに、非難がましい言い方になった。
 範頼は、そんなことは無かったかのように、慰めを口にする。
 「あれは政[まつりごと]よ。武功とはまた一線を画した人事ゆえ、仕方あるまい。九郎にもそのうち順番が回ってこよう」
 いっそう忌々[いまいま]しいと義経は思った。
 「政なら、なぜ蒲[かば]の兄上は良くて、吾[われ]は駄目なのです」
 「お前には後ろ盾がなかろう。手勢もほぼいないから、兵は皆、武衛[ぶえい]からの借り物だ。比して、吾には帝[みかど]の乳母父[めのと]殿が後ろにおるゆえ、領内から徴兵できるし、朝廷にも影響力を持つ。お前よりは使える駒だわな」
 ぐっと義経は言葉に詰まる。その通りだから何も言い返せない。範頼は鼻で笑った。
 「此度[こたび]、補された面々を改めて見てみろよ」
 義経は素直に言われるまま、官職に任命された者たちを思い起こす。
 平頼盛[よりもり]が権大納言[ごんだいなごん]に、その子光盛[みつもり]が侍従に、同じく子の保業[やすなり]が河内守、一条能保[よしやす]が讃岐守、源広綱[ひろつな]が駿河守、平賀義信[よしのぶ]が武蔵守、そして、範頼が三河守だ。
 池殿[いけどの]と呼ばれる頼盛は、清盛[きよもり]の腹違いの弟だが、平家の都落ちには付いていかず、後白河[ごしらかわ]法皇に保護される形で都に残った。ただ、平家一門として義仲[よしなか]に首を狙われる可能性があったため、すぐに鎌倉の頼朝を頼ったのだ。
 頼朝は、二十四年前に池禅尼[いけのぜんに]や池殿自身から命乞いをしてもらった恩を忘れず、喜んで迎え入れ、厚遇した。平家というだけで解官されていたのを、今回を機に返り咲かせたのである。取り上げられていた三十三か所の荘園も戻された。平治の乱では、頼朝の命が助けられたゆえ、他の兄弟も殺されなかった。そう考えれば、義経の恩人でもある。
 一条能保は、頼朝の同母妹坊門姫[ぼうもんひめ]の婿である。行方知れずとなっていた妹は、母方の熱田大宮司と同じ上西門[じょうさいもん]院系列の派閥に属す能保に娶[めと]られ、子も幾人か儲[もう]けていた。頼盛同様、義仲が都で幅を利かせた時期に、鎌倉の兄を夫婦で頼り、涙の再会を果たしたのだ。
 頼朝の喜びようは尋常ではなかったと、全成[ぜんじょう]からの文で義経は知った。やはり同母は扱いが違うのだなと、義経は寂しく思ったものだ。どれほど慕っても、頼朝は自分には厳しい。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画)

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