大自在(10月28日)脱マスク

 アジア屈指の映画祭、東京国際映画祭が始まった。3年ぶりに従来の形が戻り、俳優たちがレッドカーペットに次々登場した。画面越しに見たところ、マスクを着けていた出演者は見当たらなかった。
 脱マスクの日は近い、と思いきや、日常生活でいまだマスクは手放せない。政府は屋外では原則マスク不要との方針を示すが、外出時に見渡すと、マスクを着けていない人はあまり見かけない。
 日本人にマスクが定着したと伝わる100年前のスペイン風邪の時はどうだっただろう。当時、菊池寛がつづった短編小説「マスク」を開くと、現代と様子が似ていて驚く。新聞に毎日の死者数が掲載され、増減に一喜一憂する主人公。周囲を気にしながらマスクを着け、同調しない人に非難の目を向ける。主人公のモデルは菊池寛本人とされる。
 同時期に「簡単な死去」という作品もある。主人公が勤める新聞社で同僚記者が流行性感冒で急死するが、感染の恐ろしさと相まって誰も通夜に行きたがらない、そこで…と物語は展開する。
 小説の舞台は当方と同じ新聞社で、薄ら寒い思いがするが、正体の分からない感染症への揺れる感情を見事に捉えていて、恐れ入る。
 今回の3年間でしみついたマスク生活の出口はどのように訪れるのか。新型コロナの感染は落ち着きつつあるが、第8波の到来とインフルエンザの同時流行が懸念されている。小説「マスク」のラストは、野球の観戦に足を運ぶ主人公の描写。口元にマスクはない。しかし、あることに気付く。締めくくりに膝を打った。

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