憧れの狩猟生活を実現 川根本町移住の22歳「生きていると実感」

 山間部での狩猟生活に魅了される若者が静岡県内で少しずつ増えている。その1人、牧之原市の海の近くから南アルプス南部山麓の川根本町に移住した渡辺実優さん(22)は昨年、大学在学中にわな猟免許を取得。これまでにニホンジカ3頭、ニホンザル2頭を捕獲し、ジビエ料理も楽しむ。「自然と向き合い、一つ一つ生活を丁寧に送る。自分が生きていると実感する」。野生鳥獣に悩まされる山間地の現実や狩猟で生計を立てる難しさを実感する一方、間もなく1年となる狩猟生活を満喫する。

シカを捕獲するためのわなを仕掛ける渡辺実優さん(左)と松浦あづみさん=10月中旬、川根本町奥泉
シカを捕獲するためのわなを仕掛ける渡辺実優さん(左)と松浦あづみさん=10月中旬、川根本町奥泉
シカを捕獲するためのわなを仕掛ける渡辺実優さん(右)と松浦あづみさん=10月中旬、川根本町奥泉
シカを捕獲するためのわなを仕掛ける渡辺実優さん(右)と松浦あづみさん=10月中旬、川根本町奥泉
シカを捕獲するためのわなを仕掛ける渡辺実優さん(左)と松浦あづみさん=10月中旬、川根本町奥泉
シカを捕獲するためのわなを仕掛ける渡辺実優さん(右)と松浦あづみさん=10月中旬、川根本町奥泉

 「木が削れ、土が踏みならされている」。10月中旬、渡辺さんは猟仲間の松浦あづみさん(24)と入った川根本町の里山で、シカが通ったとみられるけもの道を見つけた。スコップで土を掘り、直径12センチのくくりわなを埋め込む。「ここからは動物との化かしあい」。近くに障害物やえさを置き、わなの上を踏ませるよう誘導する。毎日様子を見に行き、捕獲できたときは達成感がこみ上げるという。
 渡辺さんが生まれ育った牧之原市には自然豊かな環境が身近にあったためか「金銭的な豊かさより、心や時間にゆとりのある生活を大切にしたい」と、自給自足の生活や田舎暮らしに憧れを抱くようになった。浜松市中区の静岡文化芸術大に進学し、デザインを学ぶ傍ら動画投稿サイト「ユーチューブ」でサバイバル動画を見ては思いを膨らませた。
 転機は大学3年生の時。過疎地域への移住促進を考えるゼミの取り組みで川根本町に関わり「理想の場所かもしれない」と在学中の移住を決意した。4年生の2021年6月から町の地域おこし協力隊として町役場支所に勤務する中、地元のベテラン猟師殿岡邦吉さん(73)と知り合い、狩猟の醍醐味を教わった。同年秋にわな猟の免許を取得した。
 わなを仕掛けるために月に2、3回山に入るのが渡辺さんの日常。出勤前にわなの様子を見に行き、獲物がかかっていれば、その場でナイフを使い首を切って仕留める。軽トラックで殿岡さんが経営する加工場に運搬し、時には解体も手伝う。
 「下手に苦しませるのはかわいそうだから、止めさし(獲物にとどめを刺すこと)はこちらも覚悟を決めて思い切り。それでも、少しずつ息がなくなっていくのが分かる」と渡辺さん。さばいた肉は自家消費することが多い。「捕ってさばいて食べる。命をいただき、私が生きていると実感できるようになった」
 一方、田畑が動物に食い散らからされ、狩猟者が不足する課題も見えてきた。渡辺さんは殿岡さんの下で猟の腕を磨きつつ「猟師の収入を安定させる必要がある」と、ジビエ食材の流通先確保やブランド化を見据える。
 現在、渡辺さんや松浦さんのように殿岡さんに「弟子入り」し、狩猟に携わるようになった20、30代は4人。うち3人は川根本町外出身の「よそ者」だ。
 田舎暮らしが夢だったという松浦さんは22年3月に渡辺さんと同じ静岡文化芸術大を卒業後、浜松市中区から川根本町に移り住んだ。「自分の性格的に社会でうまくやっていけない」と将来に不安を抱く一方、「社会の中に役割を見つけ、自分なりの人生を歩みたい」との思いも強かった。地域の課題解決に深く関わる猟師の仕事に魅力を抱き、一歩を踏み出した。
 松浦さんは同町のシイタケを栽培する企業に勤務し、猟師との「マルチワーカー」として生計を立てる。「コロナで働き方や仕事に対する意識も変わってきた。大学卒業後に田舎に移住し、猟師になる選択肢もあると伝えたい」と若者向けの情報発信にも取り組んでいる。

 ■静岡県内 20、30代の狩猟者増加
 野生鳥獣による生態系への影響や農林作物被害が深刻化する中、県や地元狩猟者は新たな鳥獣駆除の担い手として若い世代に期待し、参入を後押しする取り組みを展開する。
 県に登録する狩猟者数は2020年度末で延べ7802人。このうち20、30代は1148人で、15年度末の775人と比べ約1・5倍に増えた。狩猟者全体の年齢構成比をみても、15年度末11%から20年度末14%と上昇した。
 狩猟者数は近年増加傾向にあるが、農林地域周辺で有害鳥獣を捕獲するために、農林業者がわな猟免許を取得するケースが多い。県は野生動物が過密生息状態にあり、適正数を維持するためには銃猟免許所持者も含めた専門的な狩猟者の養成が欠かせないとして、講習会を拡充してきた。
 20年度から上級狩猟者向けの講習会を開き、21年度からは学生対象の講習会も始めた。女性の参入もポイントになるとみて、女性の体力でも可能な狩猟方法を指南する。

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