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第三章 鎌倉殿(51)【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 同じころ、京では桜の花びらの降りしきる中、後白河[ごしらかわ]法皇の宴に招かれた義経[よしつね]が、可憐[かれん]な舞いを披露する白拍子[しらびょうし]に心奪われていた。
 歴史に残る恋に燃え上がることとなる静[しずか]御前との出会いである。
 宴に招かれたといっても、客が大勢呼ばれて盛大に催されたわけではない。会場に指定された神泉苑を訪ねて初めて知ったのだが、客は義経ただ一人であった。
 「こ、これは」
 狼狽[ろうばい]する義経を、後白河法皇は自身の横に気軽に座らせる。
 「当代一の舞姫を呼んだゆえ、存分に楽しむがよい。気に入ったなら、その方の堀川邸に連れ帰ってもよいぞ」
 都の警護を頼朝[よりとも]に命じられ、義経はしばらく在京することが決まっている。六条堀川にある源家累代の館を使わせてもらっていた。父義朝[よしとも]も住んだところだ。憧れて已[や]まない見たこともない父が、確かに生きて、居室を、廊下を、庭を、かつて歩いたに違いない場所。
 そこに白拍子を誘い入れよと言われるのか、と腹立たしかったが、静御前を目にしたとたん、そんな思いは吹き飛んだ。
 天上から降り注ぐような唄[うた]う声が聴こえたかと思うと、桜の枝を手に一人の娘が舞台へ上がり、舞い始める。動くたびにはらはらと枝から花びらが離れ、宙に散らばる。摺足[すりあし]で動いているのに、まるで重さが感じられず、常に空に浮いているかのようだ。
 息を呑[の]む義経の反応に満足したのか、
 「日本一の舞姫ぞ」
 後白河法皇は喉の奥で、ほっほっと甲高く笑った。
 「白拍子は客と寝るのも仕事であるが、静は生娘[きむすめ]よ。気に入らぬ男の相手はせずとも良いと、朕[ちん]が院宣[いんぜん]を出しておるゆえな」
 「院宣……」
 そんなことに院宣を出すのかと、義経は驚いた。
 それにしても静御前の作り出す舞台は、何という美しさだろう。なぜこんなに切なくなるのか。心が洗われていく。弱い本当の自分が、さらけ出される。何もかも許されているかのような錯覚に、義経の目から涙が零[こぼ]れ落ちた。
 その瞬間を、静御前の瞳が捉える。
 二人はしばし見つめ合う。静御前は目を見開き、やがて義経を包むように微笑[ほほえ]んだ。こんな優しい笑みを、初めて見たと義経は思った。静御前が舞い終え、舞台に伏して頭を下げる。義経は立ち上がり、「今宵」と声を掛けていた。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画)

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