第三章 鎌倉殿㊾【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

久しぶりに会った時政[ときまさ]は、初めはばつが悪そうだったが、元々磊落[らいらく]な性質[たち]だ。間に入った朝日[あさひ]御前が朗らかに接したこともあり、すぐにまた頼朝[よりとも]と打ち解けた。
頼朝は時政を遠馬[えんば]に誘い、北条荘から三島方面に向かって駆けた。山並みを彩る桜が、たなびく雲のように過ぎ去っていく。
「覚えていようか。初めて会った時、この道を逆に疾駆したのを」
しばらく走った後、馬を軽く歩ませながら頼朝から声を掛けた。
「もちろんです。あの時もちょうど春陽さす日でござったな」
「流人とはどんな扱いを受けるのかと、本音を言えば不安であった。義父上[ちちうえ]が明るく迎えてくれたゆえ、どれだけ救われたことか」
「ハハハ、そう言うてくださるか」
「二十年間、変わらず兄のように接してくれたこと、感謝しておる」
「恐れながら明かせば、実は吾[われ]も弟ができたような心地でございました。だのに義父になってくれと言われた時はもう……」
二人は揃[そろ]って噴き出した。
馬を休ませるのにほど良い草地を見つけて下りる。雪を被った富士を眺めながら、朝日御前が握った屯食[とんじき]を二人で食べた。
「春風が心地よいですな。のんびりした気分で娘の作ってくれた飯を食う……こういうのが、幸せというのでござろうか」
時政の何気なく口にした言葉が、頼朝の胸に刺さった。
これから、自分は娘の慕う許婚の[いいなずけ]命を奪う。まだ七つを数えたばかりの龍[たつ]姫に、どれほどの傷を残すことになるか。
(私にはそんな幸せなど、来そうにないな)
ふっと苦笑が漏れる。
国府の方角から土煙が起こった。馬上の男が近付いたと思うと、いったん通り過ぎ、手綱を引いて馬首を返す。頼朝近臣で十一人衆の一人、下河辺行平[しもこうべゆきひら]だ。朝光[ともみつ]らと同じ小山一族の者で、先の一ノ谷の戦いにも範頼[のりより]配下として出軍した。今は戻ってきて、再び頼朝の傍近くに仕えている。
「武衛[ぶえい]、こちらにおられましたか」
行平は、少し驚いた面持ちで下馬して跪[ひざまず]いた。
「何用か」
「梶原殿の使者がこれを」
行平から差し出された文に目を通す。一ノ谷の合戦で生け捕られた清盛の息子・平重衡[しげひら]を、伊豆に連行したとある。
「現実に引き戻されたな」
頼朝は立ち上がった。
(秋山香乃・作/山田ケンジ・画)