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感性解き放たれ躍動 ねむの木こども美術館【美と快と-収蔵品物語㊴】

 1968年、俳優の故宮城まり子さんが国内初の肢体不自由児の療護施設として創立したねむの木学園。「子どもの才能は無限」という信念のもと、絵画や音楽など感性を伸ばす教育に力を注ぎ、一人一人の中に眠る未知なる可能性の扉を開いた。「3年半かかったからタイトル忘れちゃった」の作者山下由美子さん(55)も宮城さんに導かれ才能を開花させた一人。その作品は解き放たれた感性が躍動する。

「3年半かかったから タイトル忘れちゃった」 2005年山下由美子作 122×152センチ アクリル
「3年半かかったから タイトル忘れちゃった」 2005年山下由美子作 122×152センチ アクリル

 画面を埋め尽くす花、花、花。独特のリズムを刻み、背丈2センチほどの小花の列が50段ほど積み重なる。葉の一枚一枚まで緻密に描いた絵は、自分らしい表現に出合えた喜びとエネルギーに満ちあふれ、見る人を圧倒する。
 山下さんは、画面の下の方で並んで歩く少女と女性について「“まり子お母さん”と私」と説明する。
 現在は掛川市にあるねむの木学園が旧浜岡町(現御前崎市)にあった頃、春になるとレンゲ畑に出かけた。その記憶が原風景となり作品は生まれた。山下さんと共に学園で育ったねむの木こども美術館の本目力[ほんめつとむ]館長は「学園生はそれぞれに『まり子お母さんと自分』という二人だけの世界があり、それが絵の個性となって表れている」と語る。
 脳性まひの影響で手足が不自由な山下さんは、3年半の制作期間に何度か筆が止まった。そんな時も宮城さんは「また描きたくなったらでいい」とせかすことはなかった。ユニークな題名は、完成した絵を見た仲間たちから「作品名はどうするの」と聞かれ、思わず山下さんが口にした言葉を宮城さんが採用したという。
 「世界中の人に言葉もなく呼びかけ、話し合えるのは絵」。フランスのパリ市立近代美術館など海外での展覧会を9回実現させた宮城さんは山下さんたちの作品が障害の有無に関係なく、「絵が一つの人格として受け入れられた」と手記に喜びをつづっている。
 2020年に93歳で死去した宮城さんの遺志を継いだ本目さんは「ここに来ると優しい気持ちになれると言ってくれる人が多い。その心を大切に守り、より多くの人に作品の魅力を届けていきたい」と決意を新たにしている。

宮城さんとの関係性物語る


 学園の草創期から絵画クラブのリーダー的存在で山下さんら後輩と切磋琢磨[せっさたくま]してきた本目利光さん(58)。作品は同美術館の「顔」の一つでもある。「背くらべ」は「3年半-」と同様、宮城さんと描き手による「二人だけの世界」を表現している。
photo01 101×70センチアクリル 背くらべ 2011年 本目利光作

 作品集には「ごめんなさい。こんなに大きくなっちゃった」の短い詩が添えられている。硬い筆で赤と黒を何度もたたき込むように載せた。宮城さんと幾度となく向き合い、築き上げた2人の関係性がうかがえる。屋外の自然を題材に空間の広がりと明るさを感じる山下作品とは対照的に、描く対象との距離感や目の描き方、背景に描き手の意思を感じさせる。

ねむの木こども美術館


photo01 ねむの木こども学園
 掛川市上垂木3399の1。ねむの木学園を核とする「ねむの木村」の文化施設として2007年に開館。ドングリの帽子のようなドーム型の屋根が目を引く建物は建築家藤森照信さんの設計。白い外壁に優しい印象を添える「麦の穂」の絵は学園生が下絵なしに自由に描いた。油彩画、水彩画、アクリル画など36人の作品175点を常設展示。国内外の美術館にも出品し高い評価を得ている。掲載した2作品は常時展示している。
 

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