第三章 鎌倉殿㊳【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 (よくよく考えて動かねばなるまいよ)
 ここから先は判断一つ間違うだけで、取り返しのつかぬ未来を呼び込んでしまうだろう。せっかく東国の支配を固め、みなと共に鎌倉政権を育てあげてきたのである。
 (なれど、どれだけの者たちが、朝廷との駆け引きに付いてこられるだろうか)
 頼朝[よりとも]は元々都の出で、権謀術数の水の中で育った男だ。が、鎌倉を支える中心の三氏、上総[かずさ]氏、三浦氏、千葉氏の者たちは、みなどこか純朴である。駆け引きの一つ二つやるにはやるが、朝廷を中心とした魑魅魍魎[ちみもうりょう]の如き連中と比べれば、幼児のようなものだった。
 (ことに、後白河[ごしらかわ]法皇は平安京始まって以来の化け物だ。物語の中に知る藤原道長[みちなが]公もなかなかの人物だったようだが、後白河法皇には敵[かな]うまい。ひとえに保元の乱より始まる騒乱は、すべてあの男が引き起こしているではないか)
 頼朝はまず、上洛を促す朝廷からの使者を丁重にもてなした。都の状況や足りぬ物や要望を細かく聞き出す。その内容を元に、三ケ条の申請書を認[したた]め、相手が度肝を抜かすほどの引き出物につけて、使者に持たせた。謀反[むほん]の意思がないことを、ここでも繰り返し認識してもらうため、鎌倉が関わった合戦注文(合戦報告書)も渡した。
 三ケ条の申請書には、朝廷がもっとも求めている内容を記した。どうせ要求されるのだから、こちらから先に示してやれば、頼朝という男に安堵[あんど]し、期待を寄せるようになるだろう。
 申請書を作るときに頼朝が神経を使ったのは、徹底的に平家や義仲らと自分たち鎌倉との差別化を図ることである。誰が目にしても違いが分かるように作成した。
 申請書の内容は次の通りである。
 一つ、平家が横領した寺社領を元に戻すべきこと。
 一つ、平家の略奪した院や皇室、あるいは摂関家や公卿[くぎょう]ら諸家の所領も、元に戻すべきこと。
 一つ、逆賊といえども、降伏してきた者には、寛大な心で罪を許すべきこと。
 実際、効果は絶大だった。頼朝は平家とも義仲とも違うと、上洛への期待感が高まった。
 そこへ、使者の帰京にわずか数日遅らせて飛脚を送り、そもそもの本題である上洛の要請に対する答えを述べた。
 すぐには、上洛できない―――と。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ