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鴨川元町長死去「御前崎発展 礎築く」 市長ら功績しのぶ

 17日に死去した鴨川義郎さん=御前崎市佐倉=は旧浜岡町職員として中部電力浜岡原発(同市佐倉)の立地に尽力し、3期12年務めた町長時代は原発関連の交付金を活用した地域振興を推進した。

中部電力浜岡原発の建設予定地で中電の説明に立ち会う鴨川義郎さん(右から2人目)ら。左端は当時の竹山祐太郎知事、同2人目は河原崎貢町長=1970年5月、旧浜岡町佐倉
中部電力浜岡原発の建設予定地で中電の説明に立ち会う鴨川義郎さん(右から2人目)ら。左端は当時の竹山祐太郎知事、同2人目は河原崎貢町長=1970年5月、旧浜岡町佐倉

 中電が浜岡町に原発の立地を正式に申し入れたのは1967年9月。当時の河原崎貢町長(故人)には事前に計画が伝えられ、企画課長だった鴨川さんは原発の仕組みや安全性などの調査を極秘に命じられた。計画を知っていた職員はごく一部だった。
 用地交渉では鴨川さんら職員が中電と地権者の間に入って調整役を担った。当時、企画課職員だった鈴木俊夫さん(84)=同市=は「深夜まで家に帰れない日々が続いた」と振り返る。
 鴨川さんは75年に町長に就任。町立浜岡病院(現御前崎総合病院)の建設など交付金を活用したインフラ整備を進めた一方、原発の“恩恵”の危険性も認識していた。14年前に著した回想録では「豊かに入ってくる財源に溺れて、(中略)依存体質となることは厳に戒めなければならない」と警鐘を鳴らした。
 関係者からは改めて生前の功績を敬う声が上がった。柳沢重夫市長は「今日の御前崎市の礎を築いてくれた」としのび、中電の増田博武副社長兼浜岡原子力総合事務所長は「発電所を育ててくれたご支援に感謝申し上げたい」と語った。

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