社会人の学び直し 関心高まる「リカレント教育」【NEXTラボ】

 社会人が仕事に必要な知識を学び直す「リカレント教育」への関心が高まっている。背景には労働力不足やIT技術の進展を受けた社会変革(DX)への対応、働き方の変化などがある。新型コロナウイルス対策で進んだオンライン化が学びを後押しする一方、ニーズに合った機会の提供や適切なマッチングなど課題は多い。

オンライン講座を積極的に活用するフューチャー・ラボの若手社員たち。部署では業務時間内の受講も認められている=9月上旬、浜松市北区のローランドDG
オンライン講座を積極的に活用するフューチャー・ラボの若手社員たち。部署では業務時間内の受講も認められている=9月上旬、浜松市北区のローランドDG
リカレント教育の拠点ともなる学校法人静岡理工科大学御幸町キャンパスのイメージ(同法人提供)
リカレント教育の拠点ともなる学校法人静岡理工科大学御幸町キャンパスのイメージ(同法人提供)
育休中の学び直しの経験を話す塩沢香さん。動機は「復帰後の不安」だったという=8月下旬、静岡市葵区の静岡鉄道
育休中の学び直しの経験を話す塩沢香さん。動機は「復帰後の不安」だったという=8月下旬、静岡市葵区の静岡鉄道
「DXを成功させるためには、社内人材の育成が重要」と語る後藤正憲さん=8月中旬、静岡市内
「DXを成功させるためには、社内人材の育成が重要」と語る後藤正憲さん=8月中旬、静岡市内
オンライン講座を積極的に活用するフューチャー・ラボの若手社員たち。部署では業務時間内の受講も認められている=9月上旬、浜松市北区のローランドDG
リカレント教育の拠点ともなる学校法人静岡理工科大学御幸町キャンパスのイメージ(同法人提供)
育休中の学び直しの経験を話す塩沢香さん。動機は「復帰後の不安」だったという=8月下旬、静岡市葵区の静岡鉄道
「DXを成功させるためには、社内人材の育成が重要」と語る後藤正憲さん=8月中旬、静岡市内


知識更新、仕事に還元

 人材確保に課題を抱える企業にとって、事業の発展的継続のためにリカレント教育への取り組みは待ったなしだ。浜松市のプリンター製造「ローランドDG」は6月、社員の業務に関わる学び直しを推進するため、大手オンライン学習サービスを全社に導入した。
 採用したのは、通信教育のベネッセコーポレーションが企業向けに運営する「ユーデミー・ビジネス」。最先端のIT技術を始め実務的な講座がそろう。アルバイトや契約を含む対象の全社員638人のうち、7月時点で349人が利用を申請した。
 ローランドDGでは、タイへの生産移管もあり昨年、190人が早期退職。生産本部の砂子祐也さん(40)はそれまでの製造品質管理から新規事業の担当に変わり、経験のない顧客向けのソフトウエア開発を手掛けることになった。
 「ソフト設計の知識はゼロ。学ぶしかないと覚悟した」。上司の許可を得て、昨年秋から試験導入されていたオンライン講座を業務時間に活用した。「関連講座を片っ端から受講した。一通りの基礎を効率よく吸収できた」と振り返る。応用は別のテキストで学び、他部署とも連携しながら、既に新たなサービスを形にしつつある。
 講座の導入は、社内のDXを担う「フューチャー・ラボ」の提案。部署では以前からこうした講座の自発的な活用が盛んで、同ラボ副室長の船越和俊さん(45)らが「業務のための学びを社として支援してほしい」と提言した。IT人材は外部採用での確保も難しく、担い手育成は急務だ。
 社員が利用する講座はIT技術のほか、語学、財務など多岐にわたる。導入以降、社内ではIT系の資格取得が活発化し、新しい知見を生かした業務改善提案の共有も広がる。
 一方で業務時間内の受講を認めるかなど、運用は部署ごとに任され、取り組みには温度差も。人事担当者は「受講を実務につなげることが重要。学習データを分析し、社としてより効果的な運用を考えていきたい」と話す。


教育機関 研究を実社会に生かす

 リカレント教育の場として役割が期待される大学などの高等教育機関。県内大学も地域貢献や実社会に生きる研究推進の好機と捉え、一層力を注ぐ。学生のが減少が見込まれる中、活路としての期待もある。
 県立大地域経営研究センターは、経営や公共政策、情報数理など同大が取り組む学際的分野の研究成果を生かし、社会人講座を開講してきた。昨年度はオンラインを含めて27講座を開催し、県内外から378人が受講した。
 受講生は約半数が会社員。公務員、自営業者が次いで多い。年齢は30代から50代の働き盛りが中心。受講生のニーズは学術中心からより仕事に直結する知識へと変化してきているといい、本年度のテーマも経営、プログラミング、食、農業と観光、語学など実務的な内容が多い。
 岩崎邦彦センター長は「研究途上のテーマも積極的に取り上げ、教員の刺激にもなっている。短期的な技術の知識にとどまらず、長い目で地域の将来に生きる学びを提供したい」と話す。
 学校法人静岡理工科大学は2024年4月、静岡市に新設する御幸町キャンパスに、地域企業との共同研究やリカレント教育の拠点となる「地域協働センター(仮称)」を開設する。地域課題の解決に向け、広く企業関係者や社会人に門戸を開く。
 グループ内の情報処理系専門学校の力も生かし、社会的要請の高いDX人材の育成を主眼に据える。杉浦哲理事長は「地域社会のニーズに応えるリカレント教育とは何か、モデルを構築したい」と力を込める。
 一方で県は、リカレント教育の推進に向け、産学官連携によるモデルプログラムの策定を進めている。大学や経済関係者を交えた検討会議の意見を基に、社会人の学び直しのためのプログラムを検討中。来年度の実施を目指す。


育休中に学び、不安を解消 塩沢さんのケース

 出産や子育てなどが仕事に影響しがちな女性にとって、リカレント教育の意義は大きい。静岡市の静岡鉄道に勤務する塩沢香さん(35)は、過去2回の育休を活用し、人材育成事業を手掛ける「ワークシフト研究所」(東京)の講座でビジネスマネジメントを学んだ。
 最初の育休は、新規事業に携わるなどして仕事に手応えを覚え始めた20代後半。学び直しの動機は「復帰したら、これまでのように働けるのか」という不安だった。
 1度目の育休では、子どもが3カ月の頃から子連れで月に2、3回、半年ほど東京に通った。2度目は新型コロナウイルス感染症の流行で可能になったオンライン講座をフル活用し、さらに長期間の体系的なプログラムを受講した。
 「組織が求める成果とは何か、自分はそこにどう貢献できるかという視点を学んだ。子育て中であることは必ずしも弱みでないと思えた」。同じ意識を持つ仲間との出会いも励みになった。
 ワークシフト研究所の所長も務める県立大の国保祥子准教授は「女性の就業や昇進はライフイベントに影響されやすく、男性との年収格差を生んでいる。女性へのリカレント教育はその是正につながる」と期待する。



「社内人材育成 DXの鍵」 IT関連企業 後藤正憲さんに聞く

 企業のリカレント教育への関心や人材育成の現状は。静岡市内の企業と連携し、DX化の勉強会なども開催するIT関連企業「TAMAGO」(横浜市)の後藤正憲社長(36)に聞いた。


 ビジネス環境が激しく変化する中、企業はDXに対応する人材育成の必要性を強く感じている。ただ、まだ具体的にどんな人材を、どう活用できるのかが明確でない印象だ。
 背景にはDXへの理解不足がある。紙だったものをデジタル化しただけではDXではない。デジタル化した情報をタグ付けして必要に応じて引き出せる仕組みを作り、活用の結果を業務改善につなげて初めてDXになる。
 本当のDXは、単に外部から技術者を入れただけでは成功しにくい。業務の課題をよく理解し、技術面からのアプローチでどう改善できるかという視点が大切で、それには社内の人材にIT知識を入れていくのが近道だ。
 ただ、中小企業には自前で教育に力を割く余力がなく、現状では人を送り出すにしても実効性が確信できない。成功事例が増えるなどして、経営者の意識が変化しないと普及は難しいだろう。
 DXを支える人材に必要な知識は何か、モデルの構築も重要だ。単なるプログラミング技術ではなく、例えば開発設計図を見て開発者と質疑し、プログラムの質をチェックできるような、俯瞰[ふかん]的な力が求められる。

 ごとう・まさのり 静岡市清水区出身。アパレル店経営などを経て、独学でプログラミングを学び、28歳で起業。ウェブマーケティングやITコンサルティング、人材育成などを手掛ける。


企業7割超「スキル不足」 静岡県のニーズ調査(2021年)


 県が2021年1月、県内企業3000社(回答率35.3%)と県民3000人(同39%)を対象に実施したリカレント教育ニーズ調査によると、(社員または自分の)スキル不足を感じている割合は、企業で73.6%、県民で51%と高い。
 一方で、リカレント教育の取り組みについては、企業の82.9%、県民の89%が「現在取り組んでおらず、今後も取り組む予定はない」と回答し、まだ広がりがみられない。
 リカレント教育に取り組まない理由としては、「講座の情報がない」が企業(39.7%)、県民(40.4%)とも目立つ。学ばせたい(学びたい)分野としては「情報・IT系」「経済・金融・経営」の関心が高かった。



 <メモ>リカレント教育 スキルアップやキャリアアップ、再就職などを視野に、職業上必要な知識や技術を大学などの教育機関で学び直すこと。趣味や生きがいのための「生涯学習」とは異なる。スキルの学び直し「リスキリング」と合わせて語られることも多い。政府は6月、リカレント教育の積極的推進を「骨太の方針」に盛り込み、新しい資本主義に向けた重点投資分野に「人への投資と分配」を掲げた。社会全体でリカレント教育促進のための環境を整備する方針。

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