知事、JR会談平行線 新提案なく混迷深まった【特別評論】

 これでは、リニア開業時期の延期を宣言する口実づくりにしか見えない。金子慎JR東海社長の求めで約2年ぶりに行われた川勝平太知事とのトップ会談。静岡工区の着工を巡る議論の膠着(こうちゃく)打破に向け金子社長の新提案を期待したが、かなわなかった。
 「一生懸命やるので早期の工事着手に理解を」。社長はこう述べ、環境問題に取り組む姿勢を強調した。だが、国土交通省の専門家会議は昨年12月、大井川の水資源に関する中間報告を取りまとめ、最終報告に向けた生態系保全の審議は始まったばかりで、会談は平行線に終わった。川勝知事が着工に応じる選択肢がないことは、金子社長も分かっていたはずだ。
 国交省の会議にはJRも参加し、希少動植物の保全や掘削残土の処分などを協議する。着工に必要な河川法の許可権限は県にあり、最終報告が判断材料になる。河川流量や地下水のモニタリング(監視)体制を構築し、地元の理解が得られればJRと環境保全や補償に関する協定締結が見込まれる。そこで、ようやく着工が見えてくる。
 早期着工の連呼は、事態の混迷を深めるだけだ。国交相は中間報告の公表に当たり、金子社長を呼んで地域の懸念払拭を求めた。異例の「行政指導」だった。JRが川勝知事に伝えるべきは、一連の手続きを迅速化させる社内組織体制の一層の拡充ではなかったか。
 一方の川勝知事。リニア建設促進期成同盟会に加わった後、他県の建設現場を視察し、問題提起に熱心だ。調査や広報などの規約に基づく行動としているが、混乱を招く弊害が大きく、自制を求めたい。
 神奈川県内の車両基地建設用地の視察で「人家が残り、用地の取得が進んでいない」と述べ、2027年の開業は困難になっていると指摘した。見解を建設促進期成同盟会長の大村秀章愛知県知事に文書で伝えた。また、山梨―神奈川間の部分開業を提言し、JRが可能性を否定する攻防を繰り返している。
 川勝知事の行動は結果として、他県工区の遅れを言い立て、実現可能性が不透明な難題を突き付けることでJRに揺さぶりを掛けているとの疑念を招いた。静岡県民がリニア建設を邪魔しているとの風評に拍車をかけたことは否めない。
 この問題を世に問いたいのなら、期成同盟会の場で神奈川県の黒岩祐治知事に「問題がある」と言わしめる政治力が必要だった。部分開業は全線開通のステップとして、期成同盟会の総意で取り組む環境作りに尽力する必要がある。
 大村会長の対応も配慮を欠く。神奈川での用地取得に関する川勝知事の視察報告を、確認は必要ないと一蹴した。JRと黒岩知事は「5割を取得済み。間に合わせる」と説明するが、楽観的にみえる。沿線各都府県の課題解決が後手に回れば全線開通はなお遠のくだろう。
 政府は、リニア建設に3兆円規模の財政投融資を充て、早期全線開通を全面支援している。「国策リニア」と称されるゆえんだ。国交省は各県の課題を調整し、納税者である国民に説明する義務を負っている。

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