第三章 鎌倉殿㉔【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

義澄[よしずみ]の報告を聞くうちに、頼朝[よりとも]の胸の奥が軋[きし]み始めた。いつものように何ということもない顔を保てているか、自信がない。
水に沈みながら小さな手を精一杯こちらに突き出し、「助けて、父様、助けて」と千鶴丸[せんつるまる]が懇願している姿を、今も夢に見る。
到底、祐親[すけちか]の所業は許せるものではない。
(許せはしないが)
その最期は哀[あわ]れであり、決して頼朝に媚[こ]びぬ姿勢は一貫して見事である。
「入道は入道で、良き男であった」
頼朝は義澄の前で祐親を称[たた]え、
「して、息子の九郎(祐清[すけきよ])はいかがした。孝行者のあの男のことだ。父を亡くし、正気でいるのか」
祐清のことを心配した。
「流れ出る涙を拭[ぬぐ]いもせず、一言も口をききませぬ」
義澄もどうしてよいか分からぬ態だ。
「九郎まで入道の後を追うようなことがあってはならぬ。予が話してみよう」
頼朝は祐清を召し出すことにした。本来ならもう少し時を待つのが良いだろう。が、嫌な予感がする。一番辛い時期に尽くしてくれた友を失いたくない。
祐清は憔悴[しょうすい]した顔で現れた。頼朝は御所の庭に誘い出し、二人きりでそぞろ歩いた。
「再び吾[われ]のそば近くに仕えてくれぬか」
しばらく無言で歩いたあと、頼朝が切り出す。祐清は、泣き出しそうな顔をした。
「背いた男に対し、有り難いお言葉でございます。されど、父が死を選んだ以上、息子の吾がのうのうと佐殿[すけどの]にお仕えするわけには参りませぬ。どうか暇乞[いとまご]いをお許しくだされ」
存外、しっかりした口調だ。
(九郎は恩人だ。幾らでも報いたいというのに)
頼朝は無理強いせぬことにした。生きていてくれればそれでいい。
「寂しいが九郎がそう望むなら好きにいたせ。なれど、戻りたくなった時は、いつでも待っておるぞ」
「……吾は鎌倉を出れば、平家の旗下に馳[は]せ参じ、佐殿の敵となるつもりです。されば」
祐清はいつの間にか俯[うつむ]きがちになっていた顔を上げた。
「吾をその手に、かけていただきたい」
頼朝の心の臓が止まりそうになった。
「こ、この大馬鹿者が。敵になっても構わぬゆえ、死ぬことは許さぬ」
怒鳴り声を上げた頼朝を、祐清は絶望の宿る、しかし思慕を残した瞳で見つめ、黙して深く頭を下げた。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)