社説(8月12日)南アルプスの自然魅力と価値どう伝える

 南アルプスの豊かな自然を活用するとともに、貴重な環境を保全して未来に引き継ぐことを目的に、静岡県が出資した財団が「山の日」のきのう、発足式を開いた。
 南アルプスの南部を占める赤石山脈は、静岡県にとって母なる大井川が流れ出る貴重な山域でもある。世界でトップクラスといわれる速度で隆起を続ける一方、大量の雨が降って浸食も進んでいる。山域には、氷河期の生き残りとされる高山植物やライチョウなど貴重な動植物をはじめとして、豊かな生態系を有している。
 北アルプスや山梨県側の南アルプス北部と異なり、山塊の奥深さとアクセスの悪さが一般の人々の立ち入りを拒んできたため、利活用という面では大きく遅れている。それだけ社会から離れた存在となってきた。南アルプスの自然と言われても、県民でも想像できない人が大多数なのではないか。
 まずは南アルプスの魅力や価値を知ってもらうことが大事だ。そのためには多くの人に足を運んでもらい、実際に五感で体験してもらうのが最も効果的だといえる。しかし、短期的に実現するのは困難だ。どのように魅力や価値を伝え、いかに関心を持ってもらうかを関係者は工夫してもらいたい。
 なぜ今、南アルプスの自然に注目するのか。リニア中央新幹線のトンネル工事による影響への懸念も一因だ。大量の水を含んだ破砕帯を地下で貫くことで、渓流などの水量が減るだけでなく、上部の高山帯への波及も気がかりだ。JR東海と県などの協議は、大井川流域住民の水の問題だけでなく、生物多様性の保全にも及んできている。
 リニアだけではない。高山植物に関しては、以前からシカの食害が問題視されてきた。数が増えたシカが高山帯にも進出し、植物を根こそぎ食べる。貴重な種を失うだけでなく、露わになった表土が流出して崩れやすくなる。
 人が立ち入らなければ自然が保全できるわけではない。ある程度、人が関与しないと自然を守れない状況になっている。保全に持続性を持たせるには利活用の視点も欠かせない。限られた人材や財源をいかに効率的に使い、実効性を挙げていくかが課題だ。
 県は昨年夏、バランスの取れた利活用と保全を目指す組織として「南アルプスを未来につなぐ会」を設立した。新設の財団はその実行部隊としての位置づけ。関連して「南アルプス環境保全基金」や「南アルプス学会」も立ち上げた。財源を確保し、科学的・文化的知見の集積も図るという。はるかに見える南アルプスを、どこまで身近にできるかが問われている。

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