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第三章 鎌倉殿⑦【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 屈辱的だったが、頼朝[よりとも]自身が一兵も持たぬのは、周知の事実だ。怒りを露[あら]わにすれば、笑いものになるのは己であった。
(頭を冷やせ)
 朝日[あさひ]御前が嵐の中、蛭島[ひるがしま]の頼朝の許[もと]に走った夜、自分は教えられたのではなかったか。自身の目だけではなく、他者の目も持てと。
(よく考えろ。平家の軍勢を追撃して「利」があるのは誰だ)
 それは頼朝であって、源家に味方している東国武士らではない。
(広常[ひろつね]らは、なぜ参向した)
 平家に付くより頼朝の味方をした方が「利」があるからだ。武士の利とは具体的には領土のことだ。今のままの世が続けば、平家の息のかかった者どもに、領土を奪われてしまいそうだったから、彼らは頼朝に付いたのだ。
 兵力を借りる代わりに、頼朝は彼らに「利」を与えねばならない。
(では、広常らはどうしたいのだ)
 この数万に膨れ上がった人数を使い、以仁王[もちひとおう]の令旨[りょうじ]で正当性を得、自分たちにとって邪魔な勢力を、この機に一掃したい。
 そこまで考えた頼朝は、自然とうなずいていた。
(まずは与えねば、人は動かぬ)
 対価なく、頼朝に加勢する者など、ほとんどいないのだ。この事実を心に刻めば、西上しろなどという言葉が出てくるはずはない。
 「そうだな。その方らの言う通りだ。まずは佐竹攻めを行い、東国の地盤を固めるのが先だ。よく諫[いさ]めてくれた」
 広常はふん、と鼻を鳴らし、常胤[つねたね]はほう、と目を見開いた。義澄[よしずみ]は、それでこそ佐殿[すけどの]、と言いたげに目を細める。他の者たちも、みな一様にほっとした顔をしていたので、遠征などやりたくないというのが本音なのだ。
(だが、いずれはやってもらわねばならぬ。そのためには、一日も早く力を付けねば)
 皆が下がった後、弟の全成[ぜんじょう]だけは居残り、
 「拙僧も反対するつもりでした」
 と述べた。全成には失う土地があるわけではない。
 「その方の理由は何だ」
 「旱魃[かんばつ]です」
 「何だって」
 「西国は旱魃に見舞われ、食べ物が不足気味です。平家軍は、十分な食べ物が用意できぬまま出軍したのです。ですから兄上が西上なされても、西へ行くほどに兵を食べさせるのが難しくなったに違いありませぬ」
 なるほど。こういうことにも頭を巡らさねばならぬのだ。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画)

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