テーマ : 連載小説 頼朝

第三章 鎌倉殿④【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 

 祐親[すけちか]が義澄[よしずみ]によって連れていかれた後、頼朝[よりとも]はその子祐清[すけきよ]を連れてこさせた。祐親の時とは違い、縄は打たず、体は自由にしてある。祐清は、土の上に平伏し、何一つ言い訳せずに頼朝の裁断を待った。
 祐清は、かつては流人だった頼朝によく仕えてくれ、父祐親に逆らってまで命も救ってくれた。頼朝にとって恩ある男だ。処罰を与えるつもりは毛頭ない。
 頼朝は床几[しょうぎ]を降り、祐清の前まで歩むと、片膝を立ててしゃがみ、親しく肩に手を添えた。
 「長い間、流人時代を支えてくれたことは忘れておらぬ。石橋山で予に弓を引き、許された者は多くいるゆえ、その方の行いも不問にいたす。これからも頼朝に仕えてくれぬか」
 話し掛けるうちに、祐清の身体は震え始め、ぼたぼたと涙が土を濡らした。
 「佐殿[すけどの]……」
 絞り出すような声だ。
 「九郎(祐清)は命の恩人だ。褒賞も与えたい。望むものはあるか」
 しばし躊躇[ためら]った後、
 「厚かましくも、お願いいたします」
 祐清が顔を上げぬまま叫んだ。
 「言うてみよ」
「父の傍[そば]にて、世話を……最後の世話をしとうございます」
 頼朝は虚を突かれたような気分で、祐清を見下ろした。
(かほどに孝行者が、かつて私のために父に逆らい、権現[ごんげん]様へと逃がしてくれたのか)
 その事実を重く受け止めていたつもりだったが、頼朝が考えていた以上に、それは祐清にとって身を切られる思いで行ったことだったのだ。
 深い感動が頼朝の中に満ちた。
(九郎は、美しい男だな)
「許す」
 頼朝は、祐清が三浦義澄の許で父親の世話をすることを認めた。祐清の妻を呼び寄せ、共に暮らせるようにも計らった。
 翌日。平維盛[これもり]を総大将とする平家軍が、富士川の西岸に布陣した。東岸に陣取ったのは、頼朝勢ではなく、先に駿河入りしていた武田勢だ。
 足高[あしたか](愛鷹)山を挟んで、東に黄瀬川、西に富士川が南北に流れる。両川の距離は、おおよそ五里(約二十キロ)。
 頼朝は黄瀬川を動かず、武田の戦いを見守ることにした。武田信義[のぶよし]がまだしかと臣従したわけではなかったため、無用の諍[いさか]いが起こることを避け、手出ししないことにしたのだ。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)

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