第二章 決起㉚【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

安房[あわ]国平北郡猟嶋の地を踏んだ頼朝[よりとも]を、先に渡っていた北条時政[ときまさ]や義時[よしとき]、三浦義澄[よしずみ]、岡崎義実[よしざね]らが出迎えた。
「佐殿[すけどの]、よくご無事で」
時政の目に涙が滲[にじ]んでいる。頼朝の胸にも熱いものが込み上げてきた。まずは時政の目を見つめ、他の男たちの顔も、一人一人語り掛けるように見渡す。
「そこもとらもよくぞ生きて、源氏の白旗の下に再び集ってくれた。これからまだまだ戦が続くが、頼りにしておるぞ」
力強く労った。おうっ、と鯨波[げいは]が上がる。
体は疲れていたが、一息つく暇はない。
房総へ渡ったのは、大庭勢の勢いが届きにくい地ということもあったが、大豪族でかつて父の家人だった千葉常胤[つねたね]と上総広常[かずさひろつね]の本拠地だからだ。さらに三浦氏も領地を幾つか支配している。
千葉氏、三浦氏、上総氏の三氏を味方に付ければ、大庭勢の十倍を超える兵力となる。東国の平家方はたちまち劣勢となり、清盛[きよもり]は都から頼朝征討軍を出さざるを得なくなるだろう。
何としても引きずり出し、撃破する―――そこまでが、頼朝の描く第一段階である。
(三浦氏はすでにわが方に付いた。千葉氏は惣領の常胤こそどう出るか分からぬものの、息子らとは気脈を通じてある。上総氏は)
広常はどこか頼朝を小馬鹿にしている。頼朝の下には付きたくないだろう。だからといって、平家方にはもっと遺恨があることを、頼朝は事前の調べで知っている。
かつて上総に配流された平家家人藤原忠清[ただきよ]を、広常は世話人として大切に扱った。が、忠清は、許されて都に戻ったとたん、掌[てのひら]を返し、恩に報いるどころか、広常を失脚させようと動いた。さらに、昨年の清盛の起こした政変後の人事で、広常は上総介の地位を奪われ、代わりに忠清が補されたのだ。忠清は、目代として平重国[しげくに]を現地へ送り、露骨に広常の領土を圧迫してきた。
忠清の背後には清盛がいる。このまま平家の世が続けば、上総氏はどんな扱いを受けるか知れたものではない。
(広常は平家に滅んでほしいはずだ。そして、この頼朝にも消えてほしいに違いない。だが、選ばざるを得ぬぞ。平家か、頼朝か)
頼朝は自ら広常に会いに行くことを決めた。
その前に、この地に住む安西三郎景益[かげます]に、文を認[したた]める。景益は、頼朝が幼少の砌[みぎり]、遊び相手として仕えていた男だ。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)