テーマ : 連載小説 頼朝

第二章 決起㉗【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 石橋山の戦いにて、頼朝[よりとも]大敗。その後、行方知れず―――。
 この知らせが走湯権現[そうとうごんげん]に身を潜める朝日[あさひ]御前の耳に、噂[うわさ]として届いてから数日が過ぎた。朝日御前の胸は潰れそうになったが、
 (未[いま]だ、お亡くなりになったというお話は、口の端に上っていないのだから、気を強く持たなければ。それに、あの方は必ず迎えに来ると約束してくれた……)
 妹たちが、これから北条の女はどうなるのかと打ち震えている姿を見るにつけ、自分がしっかりしなければと、気持ちを奮い立たせる。
 (父上や兄上、それに四郎……どうか、ご無事で)
 頼朝のことだけでなく、親兄弟の安否も気にかかる。時折、戦に加わった身分の低い男たちが、ひどい姿で走湯権現に逃げ込んでくる。身の回りの世話を焼いてくれている亀[かめ]が、頼朝や朝日御前らとは無縁の女のふりをして、そういう男に話を聞きにいってくれた。断片的な戦いの様をかき集めては繋[つな]ぎ合わせてみても、夫も父も兄も弟も、誰の安否も知れぬ。
 だが、戦の状況はぼんやりと浮かんできた。
 頼朝らは三浦党と合流できぬまま、十倍の大庭の兵に攻められ、二日にわたって戦った。何度か陣を変え、立て直しを図ったが、人数差は如何[いかん]ともしがたく、崩れていったという。
 二十七日になって、走湯権現に加藤景員[かげかず]が三日間何一つ食べ物を口にできぬまま、死ぬ一歩手前のような顔色で、辿[たど]り着いた。頼朝が可愛[かわい]がっている景廉[かげかど]や、今まさに朝日御前を匿[かくま]ってくれている文陽房覚淵[もんようぼうかくえん]の父親だ。景員は、朝日御前のいる覚淵の房舎に運ばれてきた。意識は、はっきりしている。
 朝日御前は、景員の回復を待って、話を聞いた。やはり頼朝の安否は分からないという。ただ、
 「生きていると思われます」
 嬉[うれ]しいことを言ってくれた。
 「吾[われ]らは一度、佐殿[すけどの]が山に身をお隠しになる直前に、御身の前に集ったのです。お元気であられました。みな、最後まで付いていきたがり、佐殿もお許しくだされたのですが、土肥[どひ]殿が首を横に振り、佐殿お一人なら、どれほどの山狩りに遭おうと無事に逃がすことができるが、大勢が付いて回れば、見つけられてしまうと言われてのう。吾らはそこから泣く泣く別れましたのじゃ」
 「ならば、きっと再起いたしましょう」
 朝日御前は景員に謝意を示し、三つになる大姫を抱きしめた。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画) 

いい茶0

連載小説 頼朝の記事一覧

他の追っかけを読む