テーマ : 連載小説 頼朝

第二章 決起㉖【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 景親[かげちか]の脇には、その弟・俣野景久[またのかげひさ]が佐奈田与一義忠[さなだよいちよしただ]の兜[かぶと]を被ったままの首を郎党に持たせ、兄を守るように立っている。

 戦が始まる前、若い義忠は初陣に張り切って、ひときわ派手な鎧[よろい]を着ていた。嬉しそうにしている姿が微笑[ほほえ]ましかったものの、それでは標的になる。頼朝[よりとも]は、「目立つから着替えた方が良いぞ」と声を掛けたが、「戦は男の晴れ舞台でござればこのままで」と首を左右に振った。
 「ならば、景親か景久の首を、お前が取れ」
 将来への期待を込めて頼朝が掛けた言葉を、義忠は守ろうとしたのだ。
 (あんな闇の中で、景親兄弟を探し当て、組み合ったのか。与一よ、お前という奴は……)
 無念を晴らしてやりたいが、この状況では死ぬのはむしろ己の方だ。
 「頼朝、覚悟をするのだな」
 景親が二の矢をつがえ、頼朝を正面から狙った。互いの距離は三段(三十メートル)ばかりか。
 この時、二人の間に身を挺[てい]して躍り出た六人の男たちがいる。頼朝は物覚えが人に比して驚くほどいい。一度見た者も聞いた話も、名の知れぬ者のことさえ覚えている。この特技のおかげで、「吾[われ]のような者のことまで……」と、よく人に感動されるほどだ。
 だから、六人の男たちのことも、覚えていた。巻狩の折に見かけたことがある。平家方に与した飯田家義[いえよし]の郎党たちだ。それが、頼朝をかばって、文字通り矢面に立つ。
 「この場は、吾らがお引き受けいたす。さ、佐殿[すけどの]は早くお逃げくだされ」
 家義も駆け付けて山中への逃走を促した。この男は、渋谷重国[しげくに]の息子で、景親の娘を妻に迎えている。ただ、景親とは土地争いを繰り返し、和睦の際にその証しとして娶[めと]ったため、仲が良いわけではない。
 敵方に庇[かば]われ戸惑う頼朝に、
 「場所柄参陣叶わず、平家陣営にいったん身を置けど、吾の心は佐殿に捧[ささ]げてあれば、これより家義、お味方いたす。かような者は多うございます。どうかここはいったん退[ひ]き、再起をお図りくだされ」
 今度は強い口調で急[せ]き立てた。
 「佐殿、こちらへ」
 家義に呼応するように、山へ続く入り口で、この地を庭のように知る領主の土肥実平[どひさねひら]が手招きする。
 「必ずや、恩に報いるぞ」
 頼朝は轡[くつわ]取りに引かせた馬に跨[またが]ると、
 「おのれ、家義。この裏切り者めが」
 喚[わめ]く景親の声を背に、石橋山を後にした。
 (秋山香乃・作/山田ケンジ・画)

いい茶0

連載小説 頼朝の記事一覧

他の追っかけを読む