テーマ : 連載小説 頼朝

第二章 決起㉓【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 三浦氏は桓武[かんむ]平氏の流れだが、義明[よしあき]は娘を義朝[よしとも]に嫁がせ、源家との縁が深い。頼朝[よりとも]の兄・悪源太義平[よしひら]の母が遊女だったため、義明の母が養母となって養育した。

 平治の乱の折は、東国の義朝の家人を束ねて上洛したのは義平だ。今、頼朝に従う武士の多くが、一度は義平の下で戦った者か、その遺族である。
 ことに、義明の息子・義澄[よしずみ]、平山季重[すえしげ]、足立遠元[とおもと]、上総広常[かずさひろつね]らは、義平と共に、五百の軍勢にわずか十七騎で斬り込んだ強者[つわもの]たちの生き残りだ。その勇猛な過去を誇りに、生きている。神々しいまでに猛[たけ]き義平と、血しぶきを浴びながら夢のような興奮を共有した男たちは、頭脳派の頼朝を少し小馬鹿にするような節があった。
 この東国では死んだ兄と常に比べられ、「義平ならば」という目を向けられるのだから、頼朝にしてみればたまったものではない。平治の乱の敗戦後、雪中の逃走時にまともについていけぬ弟に、義平が漏らしたチッチッという舌打ちの音が、劣等感を刺激されるたび、脳裏に蘇る。
 だが、今はそんなことは、頼朝にとってどうでもいい。駆け付けてくれれば、それだけで有り難い。
 だのに、再び荒れ始めた天候のせいで、少し距離のある者たちは、伊豆に辿[たど]り着けずにいる。三浦氏も、当初予定していた三浦崎(三浦半島)から海(相模湾)を渡り、対岸の土肥(湯河原)へ上陸することができず、陸路を進むしかない状況だ。ちょうど野分[のわき]の季節だから、天候を恨んでも仕方がない。天命のある方が勝つ。もう引き返せないのだから、決して弱気は見せずに、突き進むしかない。
 (源氏の道は、前にしか延びておらぬ)
 「そなたとはここまでだ。吾[われ]らは伊豆を出て土肥へ行く」
 頼朝は、朝日[あさひ]御前に別れを告げた。
 「どうかご武運を」
 「邦通[くにみち]に大姫(龍[たつ]姫)らの待つ走湯権現[そうとうごんげん]に、何としてもそなたを無事に送り届けるよう、命じておる。勝って必ず迎えをやるゆえ、それまで息災にな」
 朝日御前は、出会ったときに見せた童女のような澄んだ笑顔で、
 「行ってらっしゃいませ」
 こくりとうなずいた。
 大庭景親[かげちか]の追討軍が到着するより早く三浦氏と合流するため、頼朝は桑原の長久寺に近郷の武士らを集結させた。これより、相模へ向け、土肥実平[どひさねひら]の案内で十国峠を越えるのだ。
 (秋山香乃・作/山田ケンジ・画)

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