検視「犠牲者、遺族への弔い」 熱海土石流発災から検案尽力の医師

 昨年7月に熱海市伊豆山で発生した大規模土石流で、発災直後から被災者の遺体検案に尽力したベテラン外科医がいる。開業医の傍ら、40年以上にわたって警察協力医として活動する同市水口町の谷口恒義さん(88)。直接死26人のうち15人と向き合い「誠意を持って検視することが犠牲者や遺族への弔いになる」との思いで臨んだ。一方、検視から浮かび上がったのは土石流のすさまじい威力。教訓として「自然の脅威に襲われれば人間は一瞬で死に至る。改めて災害の恐ろしさを感じた」と語る。

熱海市伊豆山の土石流災害で被災者の遺体検案に尽力した谷口恒義さん=4月中旬、熱海市の谷口外科医院
熱海市伊豆山の土石流災害で被災者の遺体検案に尽力した谷口恒義さん=4月中旬、熱海市の谷口外科医院


 ■「遺体、土砂の衝撃物語った」
 警察から依頼を受け、発災当日から市内の遺体安置所で活動した。次々と運び込まれてきた土砂で激しく傷ついた遺体は「土石流の衝撃の強さを物語っていた」。頭部や体の表面を手で触ると、大半の犠牲者は頭蓋骨の陥没や肋骨(ろっこつ)の骨折がはっきりと確認できた。人は徐々に呼吸が止まると目の充血などが残ることがあるが、検案した遺体の多くは苦しんで亡くなった形跡がなかった。谷口さんは即死と判断した。
 心掛けたのは迅速かつ正確な検視業務。「早く家族の元へ返すためにも死因をしっかり究明するのが医師の責任」。犠牲者に対する悲しみの感情を抑え、自身の視線や指先に集中した。夜間の検視業務も引き受けた。死体検案書を作成する際は、亡くなった人に寄り添う気持ちで書いた。
 これまでに扱った死体検案は1700体を超える。睡眠薬や毒物を使った自殺、交通事故などあらゆる事例を見てきたが、災害時の検視は初めて。「災害リスクを甘く考えてはいけない」と感じたという。
 近年相次ぐ大雨や地震による大規模災害。谷口さんは外科医の立場から「災害が起きても助かるだろうという考えは慢心。人間の弱さを知ることが防災行動の基本になるのではないか」と訴えている。

 ■警察協力医の不足課題
 平時の検視業務をはじめ、大規模災害時に遺体検案や歯牙所見に携わる警察協力医は地域に欠かせない存在だが、高齢化などが進み担い手不足が課題になっている。県警によると、県内の警察協力医は2022年4月現在は177人で、00年と比べて54人減少した。
 国は20年4月、死因究明体制の充実を図る「死因究明推進基本法」を施行。死因究明を行う警察などの職員や医師、歯科医師などの人材を育成・確保するほか、DNA型や歯牙情報などを保管整理する仕組みの構築などを目指す。究明できた情報は積極的に遺族に説明し、生命や個人の尊厳が保持される社会を目指す。
 県警は医師会などを通じて警察協力医に関する情報を周知しているが、協力医になるかどうかは医師の希望次第。県警の成岡智統括検視官は「警察の捜査活動は医学的な専門知識が求められており、警察協力医の必要性は極めて大きい」と理解を呼び掛けている。

 <メモ>静岡県警察協力医 警察の委嘱を受けて遺体検視などに協力し、死因や死亡推定時刻などを医学的に判断する医師。死因を特定した後、速やかに死体検案書を作成する。犯罪捜査の協力や留置場に収容された被疑者の健康観察なども行う。身元特定のため歯牙や歯の治療痕などを調べる歯科医師も含まれる。

 

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