静岡市歴史博物館 建物設計の意図「SANAA」2氏に聞く

 7月23日にプレオープンする静岡市歴史博物館(葵区)は、市の歴史や文化を学ぶ展示とともに、世界的に活躍する建築事務所「SANAA」(サナア)が担当した館のデザインも見どころだ。博物館の機能と「かたち」の美をどう両立させたのか-。SANAAの妹島和世さん、西沢立衛さんに、設計の意図を聞いた。

メッシュ状のアルミで外壁が覆われた静岡市歴史博物館。季節や時間帯に応じて壁面の表情が変わる=24日、静岡市葵区(撮影/写真部・宮崎隆男)
メッシュ状のアルミで外壁が覆われた静岡市歴史博物館。季節や時間帯に応じて壁面の表情が変わる=24日、静岡市葵区(撮影/写真部・宮崎隆男)


抑揚生む「雁行配置」

 徳川家康や今川氏の歴史をはじめとした、静岡市の成り立ちを理解するための展示と資料を収める同館。市街地と、家康の居城だった駿府城公園を結ぶ地点に位置する。
 SANAAの二人は設計にあたり、何度も直角に折れ曲がりながら城下を通り抜ける旧東海道に着目した。石垣を直角に曲がってたどり着く現地の道筋を体感し、二つの建物を東西にずらして置く「雁行配置(がんこうはいち)」の建築を構想した。
 西沢「稲妻の形で飛ぶ雁の群れのように、建物をぎざぎざに置く雁行配置は、日本の建築における重要概念の一つ。(京都の)桂離宮でも取り入れられている。今回は密閉された展示室の棟と開放感のある歴史体感の棟を雁行配置して、都市空間に抑揚を付けようという狙いだった」
 妹島「静岡駅の方から歩くと、駿府城の立派な石垣が見えてくる。公園に入ると、昔からの時間が流れていると感じた。ここは市街地と江戸時代の城をつなぐ場所。だから、まちの中を歩く体験から連続する形で博物館に入り、昔のまちのありようを経験してもらおうと。展示物を見せるだけでなく(過去と現在が)一体になる施設にしたいと話していた」


SANAAの(左から)西沢立衛さん、妹島和世さん

遺構 屋根で抱き込む

 2019年に建設予定地から戦国時代末期の道や武家屋敷の石垣が発掘され、設計の変更を余儀なくされた。だが「雁行」をキーワードに据えた全体の設計思想は変えなかった。
 妹島「遺構をどうするか。閉じた空間で見せるより、ここにあったんだなと分かる状態で見せた方がいい」
 4階建ての展示棟の2階から大きな屋根を延ばし、約30メートルに及ぶ遺構と学習支援スペース、ギャラリーをすっぽりと覆った。屋根で覆った部分は展示棟に対して東にずらし、「雁行配置」を保った。“軒下”の空間には木枠がついたガラス戸を連ねた。幅の広い縁側、といった趣だ。
 西沢「仮に遺構が展示室に入っていたら、スケールが分からなくなる。でも、三方向が開かれた空間の中で見ると遺構のすぐ向こうに車道が見えて、日常生活の延長として捉えられる。当時の道がどれほど狭かったかがよく分かる」


風景に「入っていく」

 2階展示室出口から階段を上がると、建物の外にカーブしながら突き出た展望ラウンジに導かれる。巽櫓(やぐら)や石垣を高い位置から眺め、天気が良ければ北東方向に富士山を望む。双曲線のような数学的な曲線とは異なる自由曲線に近いカーブのラウンジでは、足を動かすごとに視界が変わっていく。
 西沢「風景の中に『入っていく』という考え。通路を曲線にしたのはパノラマのような効果があるから。東側の学校と北側の駿府城が風景として同じ視界に入る」
 妹島「窓から眺めるのとは、風景がちょっと異なる。建物の下にいる人に『あそこに登ってみたいな』と思ってもらえるといい」


未来のまち 創る拠点

 過去と現在を束ねる新博物館の役割は。SANAAの二人は、固定された展示施設以上の価値を見いだす。
 西沢「駿府城公園は特別な都市空間。市街地のにぎわいの先にこういう静かな空間があることが素晴らしい。この博物館に来ると日々、それを感じられる。都市空間を自分の財産にできる」
 妹島「新しいまち、昔のまちが同時に体感できる。ここで自分たちのまちを学び、未来のまちを創っていく。その拠点になってほしい」


静岡県内公共建築 機能と形の美

 静岡県内には、機能と形の妙を併せ持つ公共建築が多数存在する。1級建築士の川口宗敏・静岡文化芸術大名誉教授に、無二の魅力を発揮する3件を選んでもらった。




 富士宮市の県富士山世界遺産センター(2017年、坂茂さん設計)は、木格子を組み上げた「逆さ富士」の形が大きなインパクトを与える。展示ゾーンには全長193メートルのらせん状のスロープが施され、来館者は富士登山を疑似体験しながら展示物に接する。「最上階のホールで“本物”の富士山を望める。道のり、仕掛けがドラマチック」




 静岡市駿河区のこのはなアリーナ(2015年、内藤廣さん設計)は、体育館の大屋根を県産の杉集成材256本で支える構造。内側から見上げると、楕円(だえん)状の天井を形成する長さ14・5メートルの材の群れに圧倒される。「杉材を45~70度に傾けて配置している。手で簡単に動かすことはできないはずだが、一本一本の角度が少しずつ違う。施工の精度の高さに敬服する」




 掛川市役所本庁舎(1996年、日建設計・設計)は、両面ガラス張りで6層吹き抜けの内部空間。西側は茶の段々畑を模した階段状になっていて、それぞれの階の窓側長辺に廊下がある。茶畑の防霜ファンを思わせるファンがあちこちに設置され、特に冬場の暖房効率を高めている。「6階には円形の議場がある。非常に創造的な公共建築だと思う」


 

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