第二章 決起⑲【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

決起予定十七日の二日前から、まるで頼朝[よりとも]の運命を暗示しているかのようにどす黒い雲が立ち込め、やがて雨が降り始めた。それが、時が経つほどに激しさを増していく。
雨中でも、大馬鹿者らはぞくぞくと頼朝の許[もと]に集まってきたが、十六日の夜になっても佐々木兄弟の姿が見えない。
佐々木家は元々近江国に本領を有する豪族だったが、平治の乱で敗れて後、国を追われた。当主秀義[ひでよし]は藤原秀衡[ひでひら]の従弟[いとこ]に当たるため、奥州藤原氏を頼り、東下した。ところが、その途上、相模国で宿を借りた渋谷重国[しぶやしげくに]の家があまりに居心地良く、ずるずる居候するうちに二十年が経ってしまった。
その間、秀義は重国の娘を娶[めと]り、子も成した。この子義清[よしきよ]の妻が、実は大庭景親[かげちか]の娘である。だから義清は平家方に付くかもしれぬと頼朝も危惧していた。
が、同じ秀義の子らでも、腹違いの、近江国で生まれた定綱[さだつな]、経高[つねたか]、盛綱[もりつな]、高綱[たかつな]四兄弟は、日ごろから頼朝を慕っている。だから挙兵の計画も打ち明けたのだ。だのに、誰一人として来ないではないか。一家そろって平家に与[くみ]したか。
(裏切りか)
冷や水を浴びせられた気分だ。
(いや、この雨だ。渋谷からなら川を二つも渡らねばならぬし、雨量によっては氾濫する地だ。他の者より遠いうえ、敵地を迂回[うかい]せねばならぬのだ。思うに任せず、遅れているだけだ)
頼朝は懸命に不安を押さえつける。
頼みにしていた佐々木四兄弟が来ずとも、明日早朝に予定通り決行するのか、予定を変えて信じて待つか。頼朝は前夜の軍議の席で、決断を迫られた。
「なに、佐々木兄弟がおらずとも、この景廉[かげかど]が奴らの分も働いて見せましょうぞ」
父や兄らと駆け付けた加藤景廉が、豪快に笑いながら胸を張る。景廉は十代の頃から兄のように頼朝を慕い、ことあるごとに「平家の奴らなら吾[われ]が叩[たた]きのめしてご覧にいれます」と豪語してきた男だ。
「頼もしいぞ。ここに集まった者たちはみな剛の者ゆえ、任せるに足る男たちだ。しかし、佐々木兄弟も今頃、雨の中を全力でこちらに向かっておる。その苦労を思えば、明日の日が沈むまで、待とう。来ても来なくても、日にちの変わらぬうちに攻めかかるぞ」
頼朝の中で疑惑は晴れていなかったが、いかにも信頼しているふうを装った。この寡兵の中、兵を三つに分けたい頼朝にとって、佐々木兄弟の参戦は諦めきれない。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)