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行政と被災者に隔たり 対話乏しく描けぬ復興【残土の闇 警告・伊豆山㉜/第6章 逢初川と共に③】

 「こんなの納得できない。計画の中身が空っぽだ」。5月下旬、市役所で開かれた熱海市伊豆山の土石流災害に関する伊豆山復興計画検討委員会。復興の方向性を示す市の基本計画案に対し、委員の1人で被災者の中島秀人さん(53)は憤った。市はこの日、11人の委員から了承を得て、次の段階に議論を進めようと考えていた。緊迫した会議室の奥で傍聴していた被災者も、中島さんの訴えに大きくうなずいた。

復興に向けた基本計画案を議論している伊豆山復興計画検討委員会=5月下旬、熱海市役所
復興に向けた基本計画案を議論している伊豆山復興計画検討委員会=5月下旬、熱海市役所

 中島さんの自宅は逢初川中流域の警戒区域内にあり、現在は伊豆山を離れて暮らしている。同じ境遇の住民でつくる「警戒区域未来の会」の代表として、被災者の生活再建に向けた経済的支援などの必要性を何度も訴えてきたが、計画案にその声は反映されていなかった。市ができる支援、できない支援があることは理解している。ただ、「被災者の切実な思いが無視されている。何のために委員を務めているのか分からない」と打ち明ける。
 市はこの会議の2日後、警戒区域内の道路計画に関する住民説明会を開いた。復旧復興を急ぎたい市は、土石流が流れ下った逢初川の両岸に幅4メートルの道路を整備する図面を示した。さらに、行政が用地買収して宅地や道路を整備し、宅地を再分譲する「小規模住宅地区改良事業」を採用すると説明。突然示された案に、中島さんは「何も事前説明がない。市は『被災者に寄り添う』と言っているが、対話している気がしない」と不信感を抱く。
 復興に向けてかみ合わない行政と被災者-。市経営企画部の中田吉則部長は、復興基本計画について「遺族や被災者だけでなく伊豆山全体の人が納得できる形にしたい」と説明する。市は被災地の復旧にとどまることなく、伊豆山の歴史文化の継承や観光活性化につながる「創造的復興」を掲げる。ただ、用地買収を伴う道路などのインフラ整備は、被災者の意見や個別事情が異なり、「被災者の意見を全て集約するのは限界がある」と理解を求める。
 しかし、それまで市が長期避難世帯に生活課題や今後の居住に関するアンケートを実施したのは2021年11月の1回だけ。発災9カ月後の4月にようやく生活再建に向けた具体的な個別ヒアリングを始めた。市は伊豆山に戻りたいかを尋ねたが、ある被災者は「たった15分程度の会話で終わった。被災者の声をくみ取ろうとする本気度が伝わってこなかった」と明かす。
 市は住民意見を集約しようと5月から月1回のワークショップも始めた。ただ、参加者は30人に限られ、議論の場に市職員は不在。まちづくりを真剣に語り合おうと集まった被災者からは「不満を持った被災者のガス抜きだ」との声が漏れる。
 熊本地震などの被災地で復興まちづくりに携わり、学識経験者として伊豆山復興計画検討委の委員に名を連ねるNPO法人くらしまち継承機構(静岡市)の伊藤光造理事長は「市が被災者の信頼を得られる努力をしなければ復興は成し遂げられない」と忠告する。
 >“分断”克服するには 主体は住民、尽くす議論【残土の闇 警告・伊豆山㉝/第6章 逢初川と共に④】

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