難病発症後に短編集を出版 傷抱える人に届けたい 漫画家/寺田浩晃氏【本音インタビュー】

 漫画家の活動中、治療法が確立されていない指定難病「好酸球性胃腸炎」を患う。その後も個人で作品の発信を続け、5月13日に自身初のコミックとなる短編集「黒猫は泣かない」が発売された。漫画への思いを聞いた。

てらだ・ひろあき 大阪芸大卒。2018年に少年誌で漫画家デビューした。19年夏に好酸球性胃腸炎を発症。闘病しながら21年1月からは動画投稿サイト「ユーチューブ」で短編漫画を発信している。磐田市。27歳。
てらだ・ひろあき 大阪芸大卒。2018年に少年誌で漫画家デビューした。19年夏に好酸球性胃腸炎を発症。闘病しながら21年1月からは動画投稿サイト「ユーチューブ」で短編漫画を発信している。磐田市。27歳。


 ―なぜ漫画家を志したのか。
 「小さい頃から引っ込み思案で絵を描くのが好きだった。小学生の時にはオリジナルの漫画も描いていた。幼少期から複雑な家庭環境で、小学生の時には一時的にいじめも受けていた。自宅でも学校でも押し殺していた自分の思いをさらけ出したくなり、高校生の時に本格的な漫画を描いた。出版社に送ったら『才能がある』と言われ、漫画家の夢が現実に近づいた。大学で漫画を学びながら作品を描き、読み切りで少年誌への掲載が決まった。発売日に朝一番で書店に行き、その雑誌を近くの公園で読んだのを覚えている」
 ―その後、難病を発症した。
 「連載の準備を進めながら、プロ作家のアシスタントの仕事もあった。睡眠不足や食生活の乱れ、精神的なストレスがたたったんだと思う。激しい腹痛に襲われ、嘔吐(おうと)、血便などの症状もあった。連載の話も立ち消えになり、絶望感だけが残った。そんな中でも、梶井基次郎の『檸檬(レモン)』などを読み、生きる力をもらっていた。31歳で亡くなった梶井の作品が時を超えて、読者を感動させている。自分も生きた証として、時の流れに風化しない1冊を残したいと思った」
 ―念願だった初のコミックが出版された。
 「うれしかったが、もっと良いものを描きたいという意欲も沸いてきた。目の前の白い紙にうそはつかないと心に決めている。世の中のニーズに寄せるのではなく、自分の素直な思いを描き続ける。自分のように過去に傷を負った人、教室の隅で1人で泣いているような子が少しでも生きづらさを和らげられる作品を届けたい」
 ―今後の活動は。
 「年内には、少年誌の電子版で不定期連載が始まる。それ以外にも頭の中には描きたい作品の構想がたくさんある。時間がなかなかつくれないが、いずれは形にしていきたい。ユーチューブでは、カット割りや音楽の挿入など映画をイメージした漫画の発信に取り組んでいる。新しい表現方法にも挑戦していきたい」

 てらだ・ひろあき 大阪芸大卒。2018年に少年誌で漫画家デビューした。19年夏に好酸球性胃腸炎を発症。闘病しながら21年1月からは動画投稿サイト「ユーチューブ」で短編漫画を発信している。磐田市。27歳。
 

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ