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第二章 決起⑬【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 その知らせをもたらしたのは、やはり三善康信[みよしやすのぶ]だった。いつもの定期便ではない。毎月、三度遣わされる使者は、数日前に来たばかりだ。
 今度の使者は、頼朝[よりとも]に急を告げに駆け付けてきたのだと知れる。しかもやってきたのは、立ち居振る舞いが隠しようもなく優美な男だ。変装はしていたものの、朝廷に出仕経験のある頼朝には、男が僕従ではなく貴族だと一目で知れた。
 「吾[われ]は康信の弟の康清[やすきよ]と申すもの」
 二人きりになると男は名乗った。
 「おお、三善殿の……」
 当人ではないとはいえ、これまで二十年間尽くしてくれた康信の肉親を目の当たりにし、頼朝の心は揺さぶられた。三善康信は本当に実在したのだな、という奇妙な実感が湧く。
 だが、この対面をゆっくりと喜んではいられない。康清は頼朝への急報を携え、朝廷には病と偽り、出仕を休んでまで馳[は]せ参じたという。
 「此度[こたび]、文はございませぬ」
 康信の意向は、口頭で伝えるという。それだけ重大なことなのだ。
 実際、それは頼朝の想像を遥[はる]かに超えるものだった。
 「佐殿[すけどの]追討の命が発せられました」
 と言うではないか。
 頼朝は耳を疑った。
 「朝廷が、私を討つというのか」
 なぜ、という疑問が真っ先に浮かぶ。まるで予想外のことだ。以仁王[もちひとおう]の呼び掛けに応じた動きは、一切見せていない。近隣の武士に挙兵を呼び掛けたこともなければ、時政[ときまさ]以外に相談すらしていない。
 (まさか、時政が)
 瞬時に疑心が這[は]い上がった。
 (いや、時政だけは疑うてはならぬ。もし、あの男が裏切るのなら、源氏の命運はそこまでだったのだと従容として受け入れるべきだ。そのくらいの気持ちで背を預けねば、ことはならぬ)
 北条は、一番身近で最初の味方なのだから。
 「いかなる罪状であろう」
 「高倉[たかくら]宮(以仁王)の一件に連座して、令旨[りょうじ]を受けた全ての源氏を討つとのこと」
 以仁王は全国の源氏に向けて、令旨を発した。つまり、ほぼ全ての源氏が追討の対象となったのだ。
 「源氏を根絶やしにするつもりか」
 「中でも、佐殿はその筆頭でござれば……」
 (秋山香乃・作/山田ケンジ・画)

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