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第二章 決起⑦【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 真実は一つではない。見えるものが全てではないのだ。
 相対する人物の眼は[まなこ]、いかなる景色を見ているのか―――必ず推し量る癖をつけようと頼朝[よりとも]は肝に銘じた。
 それは、相手がどんな情報を保有しているか、精査することと等しい。
 (姫には大切なことを教えられた。やはり、わが人生において、かけがえのない人だ)
 時政[ときまさ]と敵対する形で朝日[あさひ]姫の手を取れば、頼朝の評判は再び落ちるだろうが、自分さえしっかりしていれば取り戻せる。だが、姫のような女は、二度と巡り合えぬかもしれない。
 頼朝は今、自身の未来を大きく分かつ岐路に立っている。自然と脂汗が滲[にじ]む。
 (鹿ケ谷[ししがたに]の一件で、清盛[きよもり]の力は表向きこれまで以上に強まっている。しかし、後白河[ごしらかわ]院がこのまま終わろうはずもない。それに、力で強引に抑え込んだ平家への不満は、いずれ押し返される時がくる)
 今すぐに、ということはないが、必ずその時はくる。近い将来、時代は大きく揺らぐだろう。
 先日の話しぶりでは、時政もそれを意識しているようだった。北条は平氏だが、頼朝側に付いても良いと思っている節がある。だがそれは、「頼朝が集めた勢力に加担しても良いかもしれぬ」という程度の気持ちだ。
 だのに、頼朝が朝日姫を嫡妻に望めば、源氏の軍勢の中心に北条氏が座ることになる。そんな大それた覚悟は時政にはない。交通の要衝に位置し、豊富な財力と人脈を持つが、北条氏の兵力は伊東氏の五分の一に過ぎない。時政には、荷が重すぎる。
 頼朝にしても、蛭島に[ひるがしま]出入りするもっと大きな一族を後ろ盾とした方が、損得でいえば得に決まっている。
 (それでも……)
 頼朝は一度、息を大きく吸って微笑した。
 「風が止[や]んだら、共に走湯権現[そうとうごんげん]様へ参ろう」
 姫が大きく目を見開く。
 「共に……」
 「私は時がくれば、起[た]つ」
 頼朝の重大な告白に、姫は息を呑[の]んだ。二人の間でそれはすでに暗黙の了解だったとはいえ、頼朝がはっきり口にしたのは初めてだったからだ。
「ゆえに長く生きられぬかもしれぬ。あるいは、戦漬けの人生になるやもしれぬ。何[いず]れにしても、平穏とは程遠い道となろう。不幸にするかもしれぬのに、求める気持ちを抑えられぬ。そなたと共に歩みたい」
(秋山香乃/山田ケンジ・画)

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