身軽に一途に客席と共演 一人芝居、演劇人の挑戦【NEXTラボ】

俳優・演出家 佐藤剛史さん(静岡市)

 体一つでドラマを立ち上げる「一人芝居」は、細部まで行き届いた所作やせりふが見る人の想像力を刺激する。コロナ禍によって稽古や公演が制約を受ける中、機動力と柔軟性を備えたスタイルは活動継続の足場にもなっている。客席の視線を一身に浴びる演劇人の挑戦をのぞいてみた。 

一人芝居の舞台に立つ佐藤剛史さん。客席の反応をうかがいながら、会場に一体感をつくり上げる=静岡市葵区の「人宿町やどりぎ座」(写真部・小糸恵介)
一人芝居の舞台に立つ佐藤剛史さん。客席の反応をうかがいながら、会場に一体感をつくり上げる=静岡市葵区の「人宿町やどりぎ座」(写真部・小糸恵介)
個別の稽古の経過を確認し合うワークショップの参加者=静岡市葵区
個別の稽古の経過を確認し合うワークショップの参加者=静岡市葵区
公演に向けて気持ちを高める赤堀愁さん=菊川市
公演に向けて気持ちを高める赤堀愁さん=菊川市
「鬼子母の愛」を演じる関根淳子さん(関根さん提供)
「鬼子母の愛」を演じる関根淳子さん(関根さん提供)
一人芝居の舞台に立つ佐藤剛史さん。客席の反応をうかがいながら、会場に一体感をつくり上げる=静岡市葵区の「人宿町やどりぎ座」(写真部・小糸恵介)
個別の稽古の経過を確認し合うワークショップの参加者=静岡市葵区
公演に向けて気持ちを高める赤堀愁さん=菊川市
「鬼子母の愛」を演じる関根淳子さん(関根さん提供)

 「町民の皆さんの意見を聞く場でございます!」。右へ左へ視線を送るジャンパーの中年男が大きくうなずき、謝り、開き直る。静岡市葵区の小劇場「人宿町やどりぎ座」で行われた一人芝居の公演。スポットライトを浴びる俳優佐藤剛史さん(58)=同区=に、観客がじっと見入る。
 この日の上演は15分ほどの短編を3本。佐藤さんがそれぞれ演じたのは、空港ができるまちの市長、住民説明会を仕切る職員、息子の写真展を見に来た父親。おかしみを込めたしぐさ一つで笑いを生み、一呼吸置けば会場に静寂が戻る。
 髪形や上着を幕あいに替えるだけの簡素な転換。観劇した小柳明依さん(13)=同区=は「1人でどこまでも表現するのが驚き。そこにいる何人分も演じているようで、一つの役にとどまらない」と満足げだった。
 本来は演出家の佐藤さんが、役者として一人芝居を始めたのは15年前。「お店やイベント先で『芝居をしている人』と紹介されると、何かやってみてと言われる。ミュージシャンの弾き語りのように身軽に届けたくて」。舞台装置や共演者を抜きに成り立つ表現として研究を重ねた。
 劇場でない空間での上演は「飲食店のお客さんや通行人など、芝居を見るつもりはない人も多い。一人で空気をつくるのはエネルギーや覚悟が要る」。さまざまな状況で失敗やハプニングを乗り越えてきた。
 一方、客席と通じ合う一体感を面白さに挙げる。「反応をうかがいながら、沸いたところを引っ張るなど自分の判断でアレンジできる。1人とはいえ、お客さんが“共演者”としていてくれるから成り立っている」。劇場に充満するスリリングな気配を堪能する。

コロナ禍の業界に光 佐藤さん企画ワークショップ

 

 演出家佐藤剛史さんが企画する演劇ワークショップから生まれた「穴の会」は昨年から、県中部の参加者が一人芝居の発表を目指して活動している。自分のペースでスキルアップできる稽古場は静かに活気づいている。
 「基礎練習だけだと続かない」「経験を踏む場がないと感覚が鈍る」。それぞれキャリアを持つ参加者は、コロナ禍で公演向けの稽古がなくなったことを大きな変化と捉える。
 職種によっては大勢の稽古には参加しづらいという声もあって、ワークショップでは接触の少ない舞台を試行錯誤してきた。参加者が固定化される中、一人一人が独創的な領域に踏み込みたい思いもあった。
 参加者は一人芝居用の戯曲集から好きな作品を選択。月2回ほど集まり、個別の稽古の経過を確認したり、佐藤さんからアドバイスを受けたりする。
 学校司書の長谷川はづきさん(49)は、出産や育児を挟んで舞台活動を続けている。「ほそぼそとでも舞台と関わってきた。一人芝居は物事を見る視点が増えて新鮮」と充実感をにじませる。

オリジナル劇、入念に準備 菊川市のご当地タレント 赤堀愁さん

 

 菊川市のご当地タレントで一人芝居にも取り組む赤堀愁さん(22)がオリジナル劇の上演準備を進めている。評価が定まった既成の脚本にはない物語と演技で新鮮なインパクトを残したいという。
 7月の「菊川赤れんが倉庫一人芝居フェスティバル」は、複数の出演者が静岡にちなんだオリジナル劇で共演するイベント。赤堀さんは「今どきの若者をテーマに台本を」と、所属劇団の主宰で演出家の松尾朋虎さん(50)に脚本を依頼した。現代の若者が時代をさかのぼるアクション劇が仕上がりつつある。
 通常の演劇で重要な要素になる配役がない分、台本が完成すればすぐに稽古だ。一人で台本を読み込み、本を置いた立ち稽古を経てリハーサルに臨む。同時に広報や宣伝なども進めていく。
 松尾さんは「要望以上のものを書いて、台本を超える演技を目指すことで公演が成功する」と各工程の大切さを強調。赤堀さんは「どんな素材も味付けを誤らないよう経験を積みたい」と意気込む。

当事者の私が演じ、伝える―発達障害テーマの作品に手応え   SPAC俳優 関根淳子さん

 

 作品のテーマを深める上で鍵を握る「当事者」としての心情、感覚。県舞台芸術センター(SPAC)俳優の関根淳子さんに自身の経験を語ってもらった。
        ◇
 学生時代、所属していた劇団の演出家から前座での一人芝居を提案されました。今では劇団での演劇とともに、自分としても大事な手法の一つになっています。
 15年ほど前、生まれた子どもが病弱で、シングルマザーとして預ける先はなく、一度は演劇を諦めかけたことがあります。「私が芝居をやらなくても、他の人がやっているから何も問題ない」などとも思いました。
 そんな時「鬼子母の愛」という作品に出合い、「この作品は私がやれば伝わる」と思えたのです。母性愛とエゴに揺れる物語は、当事者だから深まると感じました。一人芝居は企画を立てやすく、予算やメンバーを気にせずできる「持たざるものの表現手段」とも言えます。
 発達障害を扱う作品も、自分だからできると思って2年前から取り組んでいます。当事者のパニックになる感覚や独特の身体性、爆発するような感情を表現し、反響も得られました。
 発達障害の一人芝居は思っていた以上に需要があって、依頼を受けての公演は途切れません。誰かが作っておいたほうがいいと感じたテーマを、素早く作品として届けることができたことはとても良かったと思います。

 ★モノローグ公演「穴の会」 7月16~18日の各日午後2時と6時、静岡市葵区のギャラリー青い麦で。佐藤剛史さんのワークショップ受講者らが出演。詳細は伽藍博物堂の公式サイトで。
 ★菊川赤れんが倉庫一人芝居フェスティバル 7月30、31日、菊川市の同倉庫で。出演は赤堀愁さん、佐藤剛史さん、狐野トシノリさん。参加者1人を追加募集中。詳細は劇団静岡県史の公式サイトで。

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