大阪・崩落事故の後始末 「13億円」回収めどなく【残土の闇 警告・伊豆山㉘/第5章 繰り返す人災⑤】

 大阪市旭区の幹線道路沿いに立つ茶色いマンション。この一室が、大阪府豊能町で2014年に建設残土の崩落事故を起こした建設業者の所在地になっている。インターホンを押しても反応はない。管理会社に問い合わせると、「個人しか入居していない。法人の契約はない」といぶかしむ女性の声が返ってきた。

崩落した建設残土を運び入れた現場に立つ藤高治生さん。美しい棚田が広がっていた光景は失われた=5月中旬、大阪府豊能町
崩落した建設残土を運び入れた現場に立つ藤高治生さん。美しい棚田が広がっていた光景は失われた=5月中旬、大阪府豊能町
豊能町での残土搬入の構図
豊能町での残土搬入の構図
崩落した建設残土を運び入れた現場に立つ藤高治生さん。美しい棚田が広がっていた光景は失われた=5月中旬、大阪府豊能町
豊能町での残土搬入の構図

 府によると、業者は残土を取引するためだけの会社だったとみられ、マンションに登記が残るだけ。既に実体はない。同社や経営者は当時、府砂防指定地管理条例違反で摘発された。不正口座に3億円あったとも報道されたが、府が金融機関に照会したところ残金は数百円だったという。
 経営者は名義を貸していただけとみられる。実質的な経営者も摘発されたが、その後他界。金の流れや残土搬入経緯を巡る真相は闇に消えた。
 府は、崩落し府道や棚田を埋めた約9万立方メートルの残土を半年かけて撤去した。周囲の棚田を買い取るなどして運び入れた。この残土撤去と土地取得に要した費用は13億円に上る。「登記上の経営者に求償しているが、本人は『だまされた』と言うだけでらちがあかない」と担当者。事件から8年以上が経過した今も求償できておらず、お手上げ状態だ。悪質な業者によって多大な被害を受けただけでなく、後始末までさせられる構図が浮かび上がる。
 当時の同条例の罰則は甘かった。業者には上限の罰金2万円が科せられたのみ。登記上の経営者ら個人は、執行猶予付き判決や処分保留となった。
 地元住民でつくる崩落跡地利用検討委員会の委員長を務める藤高治生さん(76)=同町希望ケ丘=は、沈む夕日が棚田を赤く染める景観に魅せられて30年ほど前、近隣市から引っ越してきた。「景観を返してほしい。それだけなんです」と憤る。
 府は、苦い教訓を踏まえ、さまざまな対策を講じる。16年に制定した土砂埋め立て規制条例では、土砂の搬入禁止区域を設けた。搬入により人命や財産が危険にさらされる恐れがある場合、区域指定し搬入を禁じる。2年以下の懲役または罰金100万円以下の罰則もある。宅配業者と協定を結び、不審な土砂搬入や堆積を早期発見する仕組みも構築した。
 ただ、建設残土は県域を越えて広域に移動する。熱海市伊豆山の土石流でも、崩落した盛り土の土砂は神奈川県から運び込まれてきたとみられている。尊い人命や財産が奪われ、静岡県や熱海市は土砂や廃棄物の処理費として21年度だけで30億円超を投じた。
 「県単独での対応は限界がある。県域を越える前の搬出元対策が重要」。新設された県盛土対策課の望月満課長は訴える。盛り土規制法の成立を受け、国は具体的な運用を定めるガイドライン整備に着手する。盛り土による災害防止に向けて国が設置した検討会座長を務めた中井検裕東京工業大教授は「ガイドラインは重要だが、運用する自治体を国がしっかり支援することが非常に大事」と指摘する。
 同町での崩落事故後、国会で建設残土の問題は取り上げられたが、規制強化にはつながらなかった。伊豆山の土石流を受け、ようやく重い腰を上げた国。不適切な建設残土の問題に手を焼き、懸念している地方自治体は多く、国の動向を厳しい目で見ている。
 >政府・国会の不作為 法規制 教訓生かせるか【残土の闇 警告・伊豆山㉙/第5章 繰り返す人災⑥完】

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