テーマ : 連載小説 頼朝

第一章 龍の棲む国㊾【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 頼朝[よりとも]はその後も幾人かと相撲を取り、勝ったり負けたりした。
 相模[さがみ]の佐原義連[さわらよしつら]や土屋宗遠[むねとお](土肥実平[どひさねひら]の弟)など、新たに友誼[ゆうぎ]を結べそうな者たちがいたのは収穫だが、中でも〝祐親[すけちか]の婿殿〟である土肥遠平[とおひら]が親しげに近寄ってきたのは、意外だった。
 この男は、後々小早川秀秋[こばやかわひであき]に続く沼田小早川氏の始祖となる人物である。
 翌日からの巻狩[まきがり]は、松川の上流奥野を中心に、八幡山から赤沢山に抜ける形で七日間にわたって、野営しつつ行われる。
 主に久須美荘[くすみのしょう]の百姓三千余人を勢子[せこ]として案内に立て、それぞれ事前に決められた方角に散り、駿河・相模・伊豆の三カ国の武士二千五百人ほどが獲物を競う。
 大掛かりな巻狩は数年に一度行われるが、これほどの規模となるのは、今回が初めてであった。清盛[きよもり]の嫡男・重盛[しげもり]と親交を結ぶ祐親の羽振りが、それだけ良くなってきているのだ。
 頼朝一行は、北条兄弟とその郎党らと行動を共にし、自慢の弓の腕前で獲物を存分に狩った。
 夜になると、すっかり親しくなった天野遠景[とおかげ]や元々親交の深い加藤景廉[かげかど]らが、どこからともなく現れる。
 「佐殿の宿直[とのい]を致す」
 などと、少しおどけ気味に口にして、持参した酒を酌[く]み交わす。祐清[すけきよ]も父祐親の目を盗んで一度だけやってきた。
 「ゆめ油断召されぬよう。勢子の中に幾人か討手が混じっているようです」
 やはり頼朝を殺[や]る気なのだと告げた。頼朝自身、何度か殺気のようなものが、勢子の集団から立ち上るのを感じる瞬間があった。だが、まだ直接向けられてはいない。やはり最後の日なのだな、と改めて思った。
 いよいよその七日目がやってきた。
 全体で狩った鳥獣は三千に迫り、熊も三十七頭仕留めた。
 狩りの終わりは、祐親の領民五百人が新たに運び込んだ酒を、あらかじめ山中に設[しつら]えてあった芝居に座し、貝の器で酌み交わす。自然と頼朝の周囲には人が集まった。
 簡素な宴も終わり、三国の武将たちは列をなして山を下りることになった。
 二日ほど前から雨が降ったり止んだりしたせいで、山全体がぬかるんでいる。武士と勢子の中でも少年といえる年ごろの者は馬に乗り、その他の者どもは徒歩で進む。やがて人一人しか通れぬ難所に差し掛かった。
 (秋山香乃・作/山田ケンジ・画)

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