午前10時28分 第一報 直感「あれが崩れたか」【残土の闇 警告・伊豆山⑳/第4章 運命の7・3②】

 7月3日朝、熱海市伊豆山の逢初(あいぞめ)川上流域では道路に泥水があふれ、町内会役員が土のう積みに追われていた。市は午前9時ごろ、静岡地方気象台から「雨は小康状態になるが、既に土砂災害の危険性が高い状態にある」と厳重警戒を促された。市役所に詰めていた危機管理課の職員が斉藤栄市長に電話で現状を説明し、「総合的な判断」でこの時点の避難指示を見送った。

土石流発生前の逢初川上流域の様子©Googleストリートビュー
土石流発生前の逢初川上流域の様子©Googleストリートビュー
土石流発生の第1報につながった被災現場。向かい側の木造住宅が跡形も無く流された=2021年7月3日午前10時半すぎ
土石流発生の第1報につながった被災現場。向かい側の木造住宅が跡形も無く流された=2021年7月3日午前10時半すぎ
土石流発生前の逢初川上流域の様子©Googleストリートビュー
土石流発生の第1報につながった被災現場。向かい側の木造住宅が跡形も無く流された=2021年7月3日午前10時半すぎ

 「午前中に予報通りに天候が改善しなければ、午後に避難指示を出すことを検討していた」。高久浩士危機管理監が当時の議論を明かす。しかし、午後を待たず、わずか1時間後には市内の72時間雨量が461ミリに達し、逢初川源頭部に盛り土が造成された2009年以降、最大値を更新した。長雨をため込んだ盛り土はもう限界だった。
 午前10時28分、市消防本部に最初の119番通報が飛び込んだ。「家が跡形もなく流された。近づけないくらい危ない」。焦る声の主は川の上流域に住む60代男性。ダンプが迫り来るようなごう音に気づいて自宅の窓から外を見ると突然、黒い土石流が向かいの松本孝広さん宅を一瞬で破壊した。土砂に混ざって大木や産業廃棄物が散乱し、異臭が鼻孔を突いた。松本さん一家3人は後に土砂の中から遺体で発見された。「あれが崩れたんじゃないか」。直感したのは自宅から約1キロ上流に造成された盛り土。一部の町内会関係者や漁業者の間では知られていたが、ほとんどの住民は存在すら知らなかった。
 中流域の住宅街に迫った土石流。地域の目抜き通りである市道伊豆山神社線の手前で止まった。
 「ただごとでない」。消防団の一木航太郎さん(22)は10時40分ごろ、流出した土砂の画像を先輩団員から受信し、現場に駆け付けた。山側を見上げると、数軒の家がなぎ倒され、不気味な地響きが耳に刺さった。「谷筋に沿ってまた来るに違いない」。団員らは付近の家を一軒ずつ回り、避難を呼び掛け始めた。「すぐに川から離れた高台へ」。足が不自由な高齢者は背負って屋外に連れ出した。
 松本さん宅の被災を告げた第1報から既に約30分が経過していた。「土砂に阻まれて外に出られない」「家の中にいる家族と連絡が付かない」-。市消防本部には助けを求める通報が鳴り続ける。市職員は情報収集や災害対策本部会議の準備に追われ、右往左往していた。「何が起きたのか分からず時間が過ぎてしまった」(高久危機管理監)。
 一方その頃、中流域の自宅にいた田中公一さん(72)は上流で土砂が崩れたと知人から聞いた。妻路子さん=当時(70)=の友人で上流域に住む根来敏江さん=当時(69)=を心配して電話をかけたが、鳴るのは呼び出し音だけ。「ちょっと上に様子を見に行ってくるよ」。田中さんは10時45分ごろ、妻を自宅に残して車で救助に向かった。
 避難誘導に回っていた消防団員らは「多くの住民が家の中にいて土砂に気付いていなかった」と当時の状況を証言する。しかし、危険が迫っていることを団員だけで住民に知らせるのは限界があった。
 市消防本部の救助隊員が市道沿いに到着した数分後の午前10時55分。大きな悲鳴と地響きが集落に響いた。赤い建物を飲み込む映像が残された高速の土石流だった。
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