テーマ : 連載小説 頼朝

第一章 龍の棲む国㊺【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 

 狩り前夜の宴には、それぞれの領主やその家族は伊東館の広間に集い、郎党らは野外で焚[たき]火を囲んで飲み食いする。
 頼朝[よりとも]は盛長[もりなが]らと別れ、北条宗時[むねとき]、義時[よしとき]兄弟と共に広間に入った。百席ほど用意されているが、すでに座しているのは六十人ほどか。頼朝が現れた途端に、男たちから、ざわめきが起こる。
 「佐殿[すけどの]ではないか」
 「おお、来おったか」
 「堂々としておるな」
 「ほほう、これはなかなか」
 客人らと挨拶を交わし、歓談していた伊東祐親[すけちか]が立ち上がり、頼朝の方へ体を向けた。ひときわ大きく場はどよめいたが、すぐに静かになった。誰もが好奇の目を二人に注いでいる。
 祐親がぎろりと頼朝を睨[にら]む。頼朝も逸[そ]らすことなく、睨み返す。場に緊張が走った。宗時が、頼朝の盾になるよう斜め前に出る。
 突如、祐親が笑い声を上げた。
 「いや、これは佐殿、久しぶりでござるな。元気でおられたか。それに三郎(宗時)も四郎(義時)も久しいのう」
 祐親は宗時と義時にとっては、母方の祖父に当たる。頼朝と同じように、北条兄弟にも親しげに声をかけた。
(こやつ……)
 あくまで祐親は、何事も無かった態で過ごすというのか。頼朝はふつふつと煮えたぎる怒りを抑え、
 「久しゅうございます。御出家なされたとか」
 微笑を作った。
 「色々と心境の変化がござってな。坊主が巻狩[まきがり]を催すというのも罪深い話だが……今は坊主も弓矢を手に人を殺[あや]める時代」
 意味ありげに頼朝を見る。再び場が凍った。打ち消すように、また祐親が大笑した。
 「三カ国の方々が集まっての宴ゆえ、誰が上か下かで揉[も]めてもつまらぬこと。席順は身分や力に関係なく、年齢順に致したゆえ、ご承知くだされ」
 もう何食わぬ顔で、三人の席を指し示した。頼朝は会釈を返して従った。
 頼朝の両隣は、伊豆の武将・天野遠景[とおかげ]と、加藤光員[みつかず]だ。光員は、頼朝と親しくしている文陽房覚淵[もんようぼうかくえん]と加藤景廉[かげかど]の兄である。
 年齢ならば、祐親の嫡子で河津荘の領主河津祐泰[すけやす]が一歳しか違わず近いが、接待する側なので末席にいる。
 女たちが酒と料理を運んできた。
(秋山香乃・作/山田ケンジ・画)

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