第一章 龍の棲む国㊹【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

おおっ、と盛長[もりなが]ら郎党たちはどよめいた。
けれど、と朝日[あさひ]姫は付け足す。
「勘違いなさらないでください。佐殿[すけどの]がその気にならなければ、このお話は終わりです。その時は、佐殿は夢のお人ではなかったということですから。きっと、他の人が私の前に現れます」
そこまで話して朝日姫は立ち上がった。
「いずれにしても巻狩[まきがり]は参加と兄上にお伝えいたします」
郎党たちの顔を一人一人見定め、もう誰も反対しないのを見届けると、
「用は済みました。帰りますよ」
弟の義時[よしとき]を促し、姫は頼朝[よりとも]の館[たて]を去った。
「はあ、何だか迫力がありやすね、あの姫様は」
新参の中原光家[みついえ]が息を吐きつつ汗を拭う。
「何です、佐殿。笑っておられるのですか」
藤原邦通[くにみち]に指摘され、頼朝は初めて自分が微笑んでいることに気付いた。頬を撫[な]で、
「巻狩が楽しみだな」
そう言ったときには、もう腹をくくっていた。巻狩が終わった後、朝日姫を抱こうと。かの姫が指し示した、とんでもない運命に、乗ってみると決めたのだ。
安元二年(一一七六)年十月十日。
頼朝は北条宗時[むねとき]、義時らと共に巻狩に参加するため、伊東荘へと向かった。朝日姫とその妹たちは、男たちに振る舞う賄いの采配の手伝いをするため、二日ほど早く出立している。
今回の巻狩は、過去にないほど大規模に行われるらしく、伊豆、相模[さがみ]、駿河三カ国の武士が集うという。伊東祐親[すけちか]は、自身の館を開放するだけでなく、仮屋を建ててそれらの者たちを迎え入れるのだ。すさまじい財力と言わねばならない。
集う武士の数は、それぞれが引き連れてくる家人や郎党らを加えれば二千人を超える。伊東の領民が務める勢子[せこ](獲物を追い立てる役の者)を合わせ、四千から五千人もの男たちが、一度に山に入ることになる。
その上、戦の訓練も兼ねるため、七日間も野営する。獲物は、猪[いのしし]、鹿、狼[おおかみ]、狐[きつね]、熊、狸[たぬき]、兎[うさぎ]、猿、雉[きじ]、山鳥など豊富である。
伊東荘に着いた頼朝らを出迎えたのは、伊東祐親の次男・祐清[すけきよ]だった。まだ以前のまま残してあるという頼朝の使っていた館に、北条の者たちと共に入った。夜には、伊東館で宴が開かれる。祐親と、顔を合わせることになるだろう。
(秋山香乃・作/山田ケンジ・画)