第一章 龍の棲む国㊸【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

しかし、仮に自分が朝日[あさひ]姫の伴侶となり、夢のお告げ通り世を統べるとなれば、清盛[きよもり]のように朝廷に入り込み、帝[みかど]の外祖父として世を操るようなやり方はしたくない。
(目指すは武士が天下を握る世だ)
そこまで考え、頼朝[よりとも]は自身の中に生まれ出た、恐ろしい野望に息を呑[の]んだ。
(武士が天下を握るだと)
源氏の復興もままならぬ中、武士政権の樹立など、あまりに話が大きすぎて笑い出したくなる。だが、他の誰でもない。己自身の内から湧き上がった望みだ。
今まで言語化しなかっただけで、頼朝の中には存在していた考えなのだ。それが、朝日姫に促され、言葉にすることで輪郭を持った。
この時代、夢には神仏の意思が宿ると言われている。だから、たかだか夢の話と軽く扱う者はいない。
頼朝にも、三歳のころに起こった夢にまつわる出来事がある。乳母の一人が清水寺に参籠[さんろう]し、頼朝の未来を祈ったところ、夢に十一面千手観音が現れ、目覚めると枕元には掌[てのひら]に収まるほどの観音像が置かれていた。像は、乳母から幼い頼朝に捧[ささ]げられ、今も肌身離さず大切に持ち歩いている。
頼朝が黙ったままだったので、朝日姫はさらに言葉を続けた。
「北条家はずっと観音菩薩を崇[あが]めておりますゆえ、かような御利益のある有り難い夢を授かったのでしょう」
観音菩薩と聞いて、頼朝はいっそう驚いた。何と符節が合うことか。
「いつか、佐殿[すけどの]が話してくださったでしょう。走湯権現[そうとうごんげん]様へ向かう途中、鐺[こじり]が当たった先から水が湧き、喉を潤すことができたって。あのお話を伺[うかご]うたときに、私は佐殿こそがこの世を統べるお方ではないかと考えました。観音様は水の化身で、龍神様は水の神様です。ならば、佐殿には観音様と龍神のご加護があるに違いないと」
「おお、まさに……まさに佐殿のことに違いござらぬ」
朝日姫の話にすっかり乗せられた盛長[もりなが]が、頬を紅潮させ、上ずった声を上げた。他の郎党らも、水が湧き出たあの日のように、熱に浮かされた目で頼朝を見つめる。
頼朝はなお、冷静だった。
「それで姫は、流人以外の何者でもない私と、結ばれても良いとお考えなのか」
朝日姫は微笑した。
「無事に巻狩[まきがり]から戻ってこられれば、運命を共にしたいと望んでいます」
(秋山香乃/山田ケンジ・画)