テーマ : 連載小説 頼朝

第一章 龍の棲む国㊷【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 みなが、朝日[あさひ]姫を一斉に見た。男たちの鋭い視線に怯[ひる]むことなく、
 「私は不思議な夢を見ました」
 姫は続けた。
 「夢……それはいかような」
 頼朝[よりとも]が訊[たず]ねる。
 「見知らぬ地を、上へ向かってひたすら登っていく夢です。遥[はる]か高い峰を登り切ったとき、この手の中に満月と日輪が握られていました。それを左右の袂[たもと]に収め、私は橘の実が三つ生[な]る枝を翳[かざ]すのです」
 ごくりと盛長[もりなが]が息を呑[の]んだ。
 「月と日が姫君のお手に……それはつまり……」
 「私は、この世を統べるお方との間に子をもうけます」
 朝日姫は言い切った。
 橘は不老不死の理想郷、常世の国に生る木の実で、三は調和や完成を意味するめでたい数字である。
 また、かつて十一代垂仁[すいにん]天皇の御代、后[きさき]の日葉酢媛命[ひばすひめのみこと]が時じくの香の木の実(橘の実)を口にし、永く御代の続いた十二代景行[けいこう]天皇を産んだ伝説があり、橘の実は不死だけでなく、古典に通じた者なら出産や繁栄をも連想させる物であった。
 「この世を統べる者と言えば、帝の[みかど]ことでございましょうか」
 これまで黙っていた藤原邦通[くにみち]が、不審げに訊ねる。流刑地となるような都から離れた一地方の官吏の娘が、しかもすでにもう二十歳という高齢で帝に嫁げるはずがない。何の希望も持てぬ夢物語ではないかと、その顔が言っている。
 朝日姫は首を左右に振った。
 「月と日は私の袂にあるのです。ならば、私が天下を統べる者と結ばれるのではなく、私と結ばれた者が天下を統べるのです」
 「姫は危険なことを言っている」
 頼朝は、朝日姫の大胆な発言に眉根を寄せた。
 「それではまるで、朝廷とは別の天下人が現れるかのように聞こえるぞ」
 「そう申したのです。けど、そんな存在は、これまでの日の本にはございません。いったい何者なのか……。佐殿[すけどの]はどう思われますか」
 朝日姫は小首を傾げた。
 頼朝にしてみれば、そんな有りもしないものなど、見当もつかないというのが正直なところだ。
 (秋山香乃・作/山田ケンジ・画) 

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