社説(5月16日)リニア湧水の協議 堂々巡り、誰も望まない

 リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事に伴う湧水の県外流出問題で、JR東海の金子慎社長は山梨県内のトンネル工事で生じる湧水をポンプでくみ上げて大井川に戻す案と、東京電力田代ダムの発電用の取水を抑制する2案を公表した。静岡県が求めている「湧水の全量戻し」の具体策とみられる。
 2案を説明した記者会見で金子社長は「工事の一定期間に県境付近で発生するトンネル湧水が山梨県側に流出する」と繰り返したため、川勝平太知事は「全量戻しは破綻した」と反発している。ダム案は「工事とは別次元。戻せるなら歓迎する」とした。
 「工事後、工事中の区別はなく全てのトンネル湧水を戻すのが県民の理解」―。これは、国土交通省専門家会議の中間報告の取りまとめに際し、静岡県が公表した見解だ。同省鉄道局長に伝え、同報告書に主旨が盛り込まれた。
 「トンネル湧水の全量戻し」の協議は、堂々巡りの様相を呈してきた。

 国交省の専門家会議にはJR東海も参加し、中間報告の内容は承知しているはずだ。JR東海は2案の説明文書で「工事中・工事完了後のいずれも全量を大井川上流部に戻す」と記したものの、「工事の一定期間を除き」と条件を付した。湧水が県外流出しても河川流量は維持されるとの見解に変更はなく、対策は水資源利用者に安心してもらえるよう検討してきたという。
 山梨県内の水をポンプアップする案は、もともとJR東海が2021年3月の専門家会議で示していた。「先進坑貫通までの約10カ月」に300万~500万トンが静岡県外に流出すると想定し、相当する量を戻すとした。今回は、湧水を戻す期間を約1年1カ月から1年9カ月と明確にした。山梨工区の本坑、先進坑、斜坑の計約16・6キロのトンネル湧水を集めるとし、金子社長は「全部(のトンネル)を使えば早い期間でできる」と説明した。
 ただ、大井川に戻すため湧水を集めると図示したトンネルは、山梨県の早川上流部と重なるように見える。水系など自然環境への影響の精査が必要だ。静岡県からの流出量が想定を上回れば、理論上山梨からのポンプアップは長期化する。この対策が「静岡県民さえよければ」とならぬよう、山梨県と地元の理解が議論開始の前提になる。
 JR東海が「湧水の全量を大井川に流す」と表明したのは18年10月のこと。当時、表明文書にあった「原則として」の文言に川勝知事が「中途半端だ」として全量戻しを念押し、金子社長は「文言に大きな意味はない」と応じた。
 静岡県側は、JR東海が全期間・全量戻しの方針を示したと理解し、これ以降の対応の原点になっている。

 当初JR東海は、大井川の減水量は把握できるため「必要に応じて戻す」と説明し、「全量戻し」に否定的だった。静岡県はアルプスの水収支解析は不確実性が大きいため「出た水は全量、大井川水系に戻すべき」と主張し、JR東海は受け入れた。
 ところが翌年、事態は一変する。JR東海は、全量戻しは「工事完了後との認識だった」と明言するようになり、金子社長は「使い方によって、あるいは使う人や時点によって違う」と述べた。静岡県側は前言が撤回されたと受け止め、県とJR東海の対話は再び滞ることになった。国交省が専門家会議を設置したのは、こうした対話の膠着[こうちゃく]を早期に打開する必要があると判断したためだ。
 水問題の延々と続く協議は誰も望まない。田代ダムの取水抑制案は新たな論点になる。JR東海は静岡県が求めている「全量戻し」ができないのなら、「できる」と川勝知事や利水者らが理解した経緯を踏まえて説明を尽くし、対話を立て直すべきだ。
 協議の進展を左右するボールはJR東海の側にある。

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