ほぐせない関係性、平穏の背後に 宇佐見りんさん「くるまの娘」

 芥川賞作家の宇佐見りんさん(沼津市出身)が、受賞後第1作の「くるまの娘」(河出書房新社)を発刊した。人間同士の解きほぐせない関係性と、その不均衡を包摂して紙一重で保たれている平穏。何げない日常に潜む危うさを、家族という共同体に託して物語化している。

芥川賞受賞後第1作を発刊した宇佐見りんさん。次回作のテーマも決まっているという(河出書房新社提供、石田真澄撮影)
芥川賞受賞後第1作を発刊した宇佐見りんさん。次回作のテーマも決まっているという(河出書房新社提供、石田真澄撮影)
「くるまの娘」
「くるまの娘」
芥川賞受賞後第1作を発刊した宇佐見りんさん。次回作のテーマも決まっているという(河出書房新社提供、石田真澄撮影)
「くるまの娘」

 高校生のかなこは、祖母危篤の報を受け、父母、弟、兄と父の実家に車で向かう。車中泊、祖母の死、集まる親戚たち、葬儀-。淡々と進む儀礼の合間に、家族の過去が差し挟まれる。
 かなこと父、かなこと母、父と母、父と兄、かなこと弟。傷つけ、傷つけられしながら今に至る1対1の関係性が容赦なく描かれる。のんきな家族間の会話の背後に、暴力の気配が立ちこめていく。
 「かなこだけではなく、家族同士いろいろな思いが絡み合って、その複雑さが作りだす苦しみがそれぞれにある」。小説の王道とも言えるロードノベルの体裁になっているのは「人と人の相互関係がすごく複雑だから、時間の流れをシンプルに描きたかった」からという。
 車は「お互いに干渉を繰り返す、移動する密室」として選び取った。自由に降りたり、自分と他者を物理的に切り離したりができない。作中で「吐いた息を吸い合っている」と表現される、家族の枠組みのメタファーだ。「狭い視野では語れない、解きほぐせないものを一つ一つ見ていく」という物語の構造を保つための装置として機能している。
 物語は大きな感情のぶつかり合いを経て、ないだ海を思わせる平穏さで幕を閉じる。春の陽光を受け、商店街の横断歩道を悠然と歩く人たち。それを眺めるかなこ。だが、その直前に思いも寄らないどんでん返しのエピソードが差し込まれているため、最後の1行を読み終えても読者の胸はざわついている。
 「苦しみが丸のままそこにあって、まだ血が流れている状態。奇妙な救いの一方で、開かれたままの傷がある。それも書きたくて、最後に持ってきた」
    ◇
 デビュー作の「かか」、芥川賞受賞作の「推し、燃ゆ」と同じように生きづらさを抱えた10代後半の女性が主人公。だが過去2作の「うーちゃん」「あかり」に比べ、かなこは輪郭がどこかぼんやりとしている。SNS(交流サイト)に居場所を求めることもない。
 「家族全体を描いていこうとしたので、彼女自身は特徴と言えるようなものがあまりないようにした」
 作品の着想は2年前の初夏。芥川賞選出を経て、注目度や周辺環境は大きく変化した。「くるまの娘」は、最初に書いたシーンがラストに収まった。
 「対談した(芥川賞作家の)村田沙耶香さんが言っていたとおり、受賞後の2021年の記憶が全くない。きっと忙しかったんだろうなと。執筆に1年半ぐらいかかったけれど、ずっと書きたいテーマだったから意欲は全く落ちなかった」

 うさみ・りん 1999年、沼津市出身。2019年に「かか」で文芸賞を受けデビュー。同作で20年の三島由紀夫賞を最年少受賞。2作目の「推し、燃ゆ」が21年1月、第164回芥川賞に選ばれた。

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