テーマ : 連載小説 頼朝

第一章 龍の棲む国㊴【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

  初めは米粒ほどの土煙が瞬く間に大きくなり、馬で疾駆する朝日[あさひ]姫の姿に変わった。供の代わりに、十四歳になる弟の四郎義時[よしとき]を従えている。
  少し手前から、頼朝[よりとも]を大声で呼びながら、姫は明るい笑みを浮かべた。頼朝の前で、馬の脚を留める。
 「ちょうど良かった。後で蛭島に[ひるがしま]寄ろうと思っていたところです」
 「何か?」
 「今年は数年に一度の大掛かりな巻狩[まきがり]のある年です。佐殿は、いかがいたしますか」
 朝日姫は、頼朝に参加の有無を訊[たず]ねた。場に、微妙な緊張が走る。巻狩を主催するのが、伊東祐親[すけちか]だからだ。
 (ほう……)
 祐親との確執を思えば、頼朝が参加できるはずもない。それでも屈託なく訊[き]いてきた朝日姫を、頼朝は驚きの思いで改めて見つめた。ふと視線を移すと、義時が気まずそうに目を泳がせ、時折ちらと姉を見ている。
 頼朝は、即答せずに、しばし考えた。行ってみようか、という気が起こったからだ。
 祐親は、八重[やえ]姫とのことも千鶴[せんつる]丸のことも、「なかったこと」にした。果たして、当の頼朝を目の当たりにして、その態度を貫き通すことができるのか。よもや、頼朝が参加するとは思っていないはずだ。のこのこ現れてやったら、あの男はどんな顔を見せるだろう。
 それに、巻狩には伊豆や近郷の主だった武士が参加する。その誰もが、すでに頼朝が女でしくじり、伊東荘から逃げ出したことは耳にしていよう。評価も落ちているはずだし、だれもが頼朝は顔を出せぬと思い込んでいるはずだ。
 (ただ出るだけで、度肝を抜く機会など、そうそう巡ってくるものではないぞ)
 驚く武士たちの中には、頼朝に興味を抱く者もいるだろうし、眉を顰[ひそ]める者もいよう。
 (それぞれの機微を上手く掴[つか]めば、味方ができるやもしれぬ)
 頼朝は朝日姫と義時に微笑を向けた。
 「これまで通り、参加いたそう」
 えっ、という顔を義時はした。反対に、朝日姫の表情にはありありと喜色が浮かんだ。
 「ほら、四郎。姉の言うた通りでしょう。佐殿は参加なされます。私の勝ちですね。何でも言うことを一つ、聞いてもらいますよ」
 どうやら、頼朝の返答が賭け事に使われたらしい。これには苦笑するしかない。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)

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