第一章 龍の棲む国㉛【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

頼朝[よりとも]主従は、千鶴[せんつる]丸の骸[むくろ]を探しながら松川を下ったが、見つからぬうちに夜を迎えた。骸が腐敗することや魚についばまれることなどを考えると、一刻も早く見つけてやりたい。
だが、暗闇の中で水底を探るのは無理な話だ。この日は諦め、また明日、太陽が昇ると同時に再開することにした。
館に戻って一人になると、頼朝は拳を床に叩きつけ、己を呪った。
すまぬ、すまぬ、千鶴丸―――。
同じ言葉だけが、頭の中で繰り返される。
どのくらいそうしていたろう。
「佐殿[すけどの]、起きておられるか」
郎党藤九郎盛長[もりなが]の声だ。板戸の向こうから呼吸は二つ。盛長は誰かを伴っている。
(何かあったのか……これ以上?)
「入れ」
はっ、と板戸を引いて盛長は持ってきた灯りでもう一人の男の顔を照らした。伊東祐清[すけきよ]だ。いったん伊東館に戻ったはずが、どうしたことか。祐清の引き攣[つ]れた頬が緊迫した空気を伝える。頼朝は眉根を寄せた。
「いかがした」
「佐殿、どうか、今すぐこの館を出て、身をお隠しなされませ。父が夜明けを待たず、ここを襲撃しようと人を集めております」
「おのれ、祐親[すけちか]。千鶴丸だけでは飽き足らず、この頼朝までも殺そうと言うのか」
「多勢に無勢。迎え撃つことなど考えず、今は姿をお隠しになるのがよろしいかと」
炎が駆け巡るかのように、怒りで全身が熱くなったが、祐清の進言に頼朝は、ただ「うむ」とうなずいた。しかし、逃げるといって、いったいどこへ。
北条氏を頼ることも頭を過ったが、祐親は時政[ときまさ]の舅[しゅうと]に当たる。時政自身がどう思ったところで、引き渡せと迫られれば従うしかない。いや、何より時政は今、大番役で上京していなかったか。
伊東荘と北条荘以外、勝手な行き来は禁じられている。他所の地に逃げれば追討される。
(八方塞[ふさ]がりだな)
思案していると、
「走湯権現[そうとうごんげん]が宜しいかと」
祐清が提案する。伊東から北におおよそ五里、伊豆山の海岸線沿いの温泉地にある神社で、修験者の修行の場ともなっている。
武装した衆徒が幅を利かせ、手を出せばやっかいなことになる。匿[かくま]ってもらえさえすれば、確かに祐親も下手な真似[まね]はできぬだろう。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)