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第一章 龍の棲む国㉙【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

夕刊小説・頼朝 陰の如く、雷霆の如し(29)=第一章 龍の棲む国(二十九)(秋山香乃/山田ケンジ・画)
夕刊小説・頼朝 陰の如く、雷霆の如し(29)=第一章 龍の棲む国(二十九)(秋山香乃/山田ケンジ・画)

 だからといって、なぜ千鶴[せんつる]丸が死なねばならぬのか。
 両手を広げて立ちはだかる盛長[もりなが]が、さっきは怒鳴ったくせに、今度は淡々と告げた。
 「どうしても辛抱できぬと仰せなら、それがしを斬って行くがよろしかろう。佐殿[すけどの]を失った後の世に、なんの未練がござろうか」
 騒ぎを聞きつけて、館の奥から出てきた藤原邦通[くにみち]も、盛長の言葉の後を継ぐ。
 「それがしもお斬りくだされ。あの世に先に渡って、冥途[めいど]の露払いをいたしましょう」
 頼朝[よりとも]は愕然[がくぜん]となった。いつもどちらかといえばふざけていることの多い二人だ。源氏の御曹司頼朝に、何か期待しているような言葉を発することもなければ、そういう態度を示したこともなかった。
 盛長はただ比企尼[ひきのあま]の頼みでここにいると思っていたし、邦通に至っては、食い詰めて行く当てがないためだと思っていた。
 頼朝が八重[やえ]姫に溺れ、毎夜館を抜けても、二人は嫌な顔一つしなかった。ましてや不甲斐[ふがい]ないという目で頼朝を見ることもなかった。
 初めから何も期待していないからだと思い込んでいた。
 だが、違ったのだ。
 (私は、変わらねばならない。この二人の忠臣に応えるために)
 怒りを鎮め、忍ぶことを覚え、たとえ夢物語でも、何十年かかろうと、もう二度と諦めたりしない。
 大志を掲げ、せめて意味あるものに変えねば、千鶴丸の死があまりに無意味で可哀想[かわいそう]ではないか。
 (死ぬときにこう言える人生を歩むのだ。
 ―――千鶴丸の死で、この頼朝は生まれ変わったゆえ、今がある―――と)
 頼朝から怒りが消えたことを察し、盛長と邦通はほっと息を吐いた。
 「せめて若君の亡骸[なきがら]だけでも返していただきましょう。それがしが行って参ります」
 と出掛けようとする盛長を、
 「それが……」
 言いにくそうに口ごもりながら、祐清[すけきよ]が止めた。
 「若君の骸は伊東館にはないのだ」
 「どういうことだ」
 盛長が険のある声で問い返す。
 「松川の奥にある白滝の前の轟淵[とどろきのふち]に、投げ込んだという話でござった……」
 「なん……だと」
 あまりの惨[むご]さに、いったん抑え込んだ頼朝の怒りが、再び沸き起こった。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)

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