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第一章 龍の棲む国㉓【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 安元元(一一七五)年。

 頼朝[よりとも]が父親になって二年経つ。生まれたのは男児で、いつまでも息災に長生きできるよう願いを込め、千鶴[せんつる]丸と名付けた。
 子ができたのをきっかけに、頼朝は八重[やえ]姫の女親に挨拶[あいさつ]に行った。母親には、祐親[すけちか]の反応を恐れて渋い顔をされたが、実際に産まれてしまうと孫は可愛[かわい]いらしい。頼朝は、館[たて]に通うことを許された。だが、最大の関門、祐親の許しを得ていない。
 女方の実家の力が強い時代だ。女親がうなずけば、必ずしも父親の許しを待たずとも、結婚が許される場合もある。ただ、それは両家の力関係や、妻がどの位置づけにあるかによっても違ってくる。
 嫡妻の子は、父方の家を継ぐための子だから、そういう勝手は許されない。逆に、妾[めかけ]の子は父親との縁が薄いほど、自由度が高くなる。大した理由がないまま互いに手切れとなり、母親が子を連れて別の男に再嫁することもよくあることだ。
 だから母親違いの兄弟とは、他人行儀なことも珍しくない。
 頼朝も、東国で暮らしていた長兄の義平[よしひら]とは、平治の乱のときに初めて顔を合わせたし、遠江蒲御厨[かばのみくりや]で生まれ育ったという六郎(範頼[のりより])のことは、話にちらりと聞いただけだ。
 その下に常盤[ときわ]御前と呼ばれる雑仕女[ぞうしめ]の産んだ子が、七郎(阿野全成[あのぜんじょう])、八郎(義円[ぎえん])、九郎(義経[よしつね])と続くらしいが、こちらも会ったことは一度もなかった。
 常盤御前は、平治の乱後に捕らわれて、類まれな美貌のせいで一時期、こともあろうか仇[かたき]の清盛[きよもり]に囲われていた。
 清盛に抱かれることが、子の命を助けるための条件だったという話も伝え聞いたが、そもそも元服を終えて戦に加わった嫡子すら首を刎[は]ねられなかったのだから、身分の低い女の産んだ幼子たちが殺されるなど、判決として成り立たない。
 清盛に騙[だま]されたのだろうが、そんなことも分からなかったのかと驚くとともに、女を使って命乞いをしたことに、頼朝は常盤御前を汚らわしく感じていた。源義朝[よしとも]の名を汚した女として侮蔑[ぶべつ]もした。
 ただ、最近は考えが変わった。愛[いと]し子の千鶴丸を得たからだ。三人の子を助け、できるだけ良い条件でこれからの世が渡れるよう、常盤御前は必死だったのだろう。子のためなら、今までできなかったことも、できるようになる。手を差し伸べてくれるわけでもない世間に、どう思われようと構わない。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画) 

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