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特集 : 賛否万論

不登校 経験者座談会【賛否万論 特別編】

 「賛否万論(さんぴばんろん)」前回シーズンの最後に取り上げたテーマ「不登校 支援の在り方は?」に多くの反響をいただきました。読者のご意見の中には、不登校を経験した当事者である子どもたちの声も聞いてみたいという声が少なくありませんでした。そこで今回は特別編として、県中部の不登校支援グループ「ココミラ+(プラス)」の協力で実現した不登校経験者3人の座談会をお送りします。外山知徳静岡大名誉教授とココミラ+の吉田恵美子代表に助言者を務めてもらいました。

不登校についてそれぞれの思いを語る座談会の参加者=4月上旬、焼津市内
不登校についてそれぞれの思いを語る座談会の参加者=4月上旬、焼津市内


本当の原因 自分も見えないかも


 簡単に自己紹介をお願いします。
 秋田 4月から大学生になりました。高校は行きましたが、小学6年の秋と中学の3年間はほとんど行きませんでした。
 江塚 4月から高校2年です。別室登校したり、フリースクールにも行ったりしたけど、中1から今も不登校です。
 川中 4月から高校2年です。今は単位制の学校に行っています。不登校だったときは、教室には行ってなかったけど、毎日、別室登校をしていました。
 文部科学省の調査では長年、不登校の一番の原因が「無気力」とされていましたが、どう思いますか。
 秋田 悲しくなりましたね。一つ一つは大きな理由でなくても、学校生活の中では、周りとの違いとか、何となく行きづらさや目に見えないものがたくさんあるんです。そういうのが本人も気づかないうちにたまっていって、学校に行けなくなっちゃう子が僕の周りにも結構いました。そういうパターンが「無気力」とされていたのかもしれない。
 江塚 初めから無気力という人は少ないと思います。無気力はあくまで結果。
 川中 同感。初めから無気力っていう理由は、なんか違うっていう違和感がありますね。
 吉田 原因はみんな一人一人違いますよね。一人一人違うから、一つの方法で解決できるような問題ではないし、さっき隼佑さんも言ったように、本当の原因なんて、周りの大人だけでなく、本人さえも見えないものかもしれないしね。
 秋田 ささいな意見の違いとかもあるんですよね。自分の場合、最初に行けなくなったのは小学校でした。みんなと意見が違ったとき、自分のほうが正しいみたいな話をしたのは覚えてるんです。そこからなんとなく「自分、何かしたのかな?」って思うことがあったり、周りと違うことを感じたりして。でも誰にも相談できないままでした。かといって、クラスメートからはっきりとした何かは特に受けていないし、されてもいない。でもなんとなく学校に行きづらくなっちゃったとか。そういうところですね。
 吉田 意見の違いが受け止められず、同調させられる圧力みたいな?
 秋田 意見の違いっていうともっと分かりやすいんですけど、個性の違いというか、周りとのちょっとした違いに対して、自分自身も不満になっちゃったっていうか。でも自分は誰かを傷つけたくないから、「いいよ俺は…」って感じで、不登校になったりとか。不登校を選ぶ子はやっぱり優しい子が多いのかもしれませんね。自分が何かしちゃう前に、自分からふさぎ込んじゃったって子も周りにいましたし。
 江塚 自分もそうなんですけど、はっきりといじめに遭ったとか、そういうわけではなくて、ただ学校が怖いってなって行けなくなる子が多いと思うんです。いじめではないんだけど、学校っていうすごい怖いところに毎日行かなくちゃいけないっていう。それが積み重なって行けなくなってしまうのかなと思います。


自分をどんどん出せなくなる感じ


 吉田 学校だと型にはめられちゃうとか、期待された意見を求められて「それは違う」とはっきり言いづらいとか。そんな感じかな。
 川中 自分をどんどん出せなくなっていく感じ。自分の言うことや価値観が周りの人とは違うと、「おかしいんじゃないの?」みたいなのがある。自分がそう言われなくても、クラスメートに乗らざるをえなかったりして、それがいじめの方向につながっていっちゃうこともあるなって感じました。道徳の授業では「一人一人の個性がある」って教わるんだけど、結局は先生の求める正解がそこにはあるんですよ。違う意味での個性がある。先生は「個性はあるけど、みんな認め合って仲良くしましょう」っていう形に持っていこうとするけど、何かちょっと違うなって思っちゃう。
 外山 それはすごく予想が付くよね。なぜかっていうとね、道徳の授業で「一人一人個性があるんだよ」って言うのは誰でも言えるんです。大事なのは「じゃあどうしたら?」っていうその先ですよね。それが先生が望む方向に導いていくような個性じゃなくて、いろいろある個性を前提にして、「じゃあどうしたらいいか」って答えを出せる先生が今、ほとんどいないのでは。そもそもそれはものすごく難しいことだから。相当な力量がある先生じゃないとね。
 吉田 先生たち自身も画一的な型にはめられているし、大人全体も皆さんみたいに違和感のある教育を受けて育ってきて、「こうあるべき」っていう型をすり込まれてきている部分はありますよね。だから自分が受けてきた教育も踏まえて目の前の子どもたちの一人一人の違いをどう育てていくかっていうのは、さらに難しそうですよね。
 外山 そういう意味では、不登校の子どもたちは力量のない教師のやり方の犠牲者と言えるかもしれない。いわばね。
 吉田 でも、犠牲者であると同時に、そこに気づいて、「この中にいたら危ない」「自分自身がなくなっちゃう」って思って、そこから一歩離れて全体を見ようとしている子は、これからの社会を変える一人でもあるのかなって思います。そこに気付いても、引いて見られない人もいるし、そもそも気付かない人もいるし、そこが自分に合ってるって人もいて、もちろんそれはそれでいいんですけどね。
 外山 不登校の子どもたちは犠牲者だとしても、ある意味、犠牲になることでそこから何かを学んだはずなんですよ。ほかの人が学べなかったことをね。それは強みですよね。


生徒の気持ちを大切に


 不登校になった学校の嫌だったところはどんなところでしたか。
 川中 先生の中でも子どもの声が行き届いてないというか、うまく行き渡っていなかったところ。「これどうする?」って先生から聞かれて、「こうしたいと思ってます」って伝えると、その先生は「ああ、分かった。相談してみるね」って言ってくれるんですけど、先生同士がまた違うことを言うんですね。頑張って先生に自分の意見を伝えても、ある先生は「これはこうだから」って言って、また別の先生は「それはこうだから」って言うみたいな。「え、結局どれ?」って感じになって、分かんなくなっちゃう。それで「ああ、もういいや」ってなっちゃう。そういう積み重ねが中学の時にすごく多かったです。なんともできないモヤモヤした気持ちがすごい残ったのを覚えてます。
 秋田 自分も似たようなことを感じていました。学校に相談しても、たぶん学校側って生徒のことを見てくれてるわけじゃなくて、その生徒が学校に行けるようになるかどうかっていう事象に視点があるって感じがしました。その生徒がなぜ学校に行けないかじゃなくて、どうしたらその生徒が学校に行けるようになるのかって方に視点がある。その結果、本人の気持ちじゃなくて、どういう行動とか理由があれば学校に行けるようになるかってことが優先されてしまう。本人の気持ち自体じゃなくて、そこから離れたところに理由を付けて、どうにかして行かせようみたいなのがすごいあるんですよ。そうすると結局、生徒の気持ちは置いてけぼりになっちゃうと感じます。
 江塚 私が学校が古いと感じたのは校則ですね。靴下は白とか、制服とか。個性を大切にしているって口では言う一方で、なぜそこまで型にはめていくのかって。
 吉田 校則は先生自身の考えも狭めていて、実際にそこにいる子どもたちの声を聞かなくなりがちだよね。もっと一人一人の声をまず聞いてほしいし、生徒同士が考えて決めることを尊重するとか、そういうのがいいと思うけど、なかなかそうならないのが現状かもしれません。
 秋田 生徒の話を聞かない理由に、生徒が学校に話したがらないってのもあると思うんですよ。それはそもそも一部の学校には、生徒の相談を受け止めてくれるって思える環境がないから。もし学校が安心できる環境だと思うことができれば、言い出すのが苦手な子でも言い出せるだろうし、学校側の生徒に対する勘違いもなくなってきて、お互いよくなると思うんですよね。

 座談会の後半は不登校を選択した経緯や思いを寄せてくれた藤枝市の佐藤碧さんの投稿をご紹介するところから始めます。


投稿 「かわいそう」ではない


 私は先日、中学校を卒業しました。4月から高校生です。中学校は不登校で、学校に行けた日は少なかったです。不登校になった一番大きな理由は、中学1年生のときの学級崩壊です。生徒が先生に暴言を吐いたり、注意を聞かなかったりということがありました。それを見ていた他の先生たちもしっかりとした対策を取ってくれることはなかったです。その後のコロナウイルスによる長期休みから学校に行けなくなってしまいました。
 学校に行けないということに落ち込んでいた日も多かったですが、学校に行けなくても必要な勉強や、自分の好きなことには打ち込んでいました。でも、たまに学校へ行くと先生たちは「最近、調子はどう?」「気持ちの方はどう?」とよく聞いてきました。このことから多くの人が<学校に行っていない=かわいそうな子>という印象があるのかなと思うようになりました。でも、私は自分のペースで好きなこと、興味のあることも楽しみながら勉強していたから、自分がかわいそうだとは思いません。むしろ、学校に行っていなかったことで、大切なことをたくさん学べたと思っています。だから、これからは多くの人に<学校に行っていない=かわいそうな子>ではなく、行くか、行かないかは同等の選択肢であると考えてほしいです。(佐藤碧さん 藤枝市、高校1年)



「学校は全てじゃない」が救いに


 投稿を読みどう思いますか?
 秋田 中学3年のときにここまで考えていてすごいと思いました。不登校をあえて選んでいると思えていることと、実際に具体的にいろいろ考えているから。自分は正直、不登校中に大切なものは得たんですけど、ここまで具体的に考えてはいなかった。十分頑張ってると思う。何も後ろめたく思うことはないし、理解者もいる。選んだ道は正解だと伝えてあげたいです。
 江塚 私も全く同じことを考えてました。同感です。
 川中 学校に行って学ぶことは必要な場合もあるけど、授業を受けていなくても自分で学ぶことはいくらでもできるってこと。素晴らしいと思いました。


先生との信頼関係 大切


 佐藤さんの投稿を読むと、やっぱり学校のことが信用できなくなったことが大きかったように思えます。皆さんが不登校を経て通った新しい学校やそこの先生はどんな感じでしたか。
 秋田 すごい良い高校でした。不登校を経験した子が8割くらいの学校だったので、先生もいろいろ気にしてくださったんです。細かいところにまで目を配ってくれているのがよく分かって、これなら何でも相談できるし、3年間安心かなって。いざこざがあってもちゃんと学校側が介入してくれたり、相談に乗ってくれたりとか。しかもお互いの個性をつぶさず。校則もなく、服装も自由。それぞれ自分のやりたいようにやっていても、それでも人として守るものはしっかりやろうねって教えてくれた。学べたし、成長できた場所でした。後悔のない学校の選択だったと思いますね。
 川中 私は単位制の定時制高校に通ってるんですけど、すごくいいです。学びの幅も広がって、自分の進路や目標に合った設定を自分で立てることができる。授業も何時間目にこの授業をしなさいではなくて、自分が何時間目にこの授業だったらいいかなって考えながら、自分が合うように組む。選択できるので自分が選んだからやろうって気持ちになるんです。このシステムで中学もやったらいいのにってすごく思う。校則もなく、決められたことはすごく少ないのに、みんな相手のことを傷つけないとか人として大切なことは守って、でも自分を表現してて。こういう社会ならいいのにって今の高校で感じています。
 先生とも仲がいいです。「制服を着てないから一人の人間として見られる」と先生が言ってくれたことがあって、ああ、なるほどって思ったんですよ。制服じゃないからそれぞれの好きな色とか好きな服とか全部がその人だっていう感じだって先生が言ってて、なるほどって思ったんですよね。先生は生徒の好きなものを尊重してくれ、逆に生徒も先生を信頼できる。学校なんだけど先生との壁が少ないです。先生との会話があると、その先生の授業も理解しやすくなります。

 全部の公立学校がそんな学校になれば理想ですよね。なぜできないのでしょうか。
 吉田 学校は管理職の色が強いよね。管理職が替わると学校の雰囲気も変わる。それは私も勤めていたのでよく分かります。子どもたちだけじゃなくて、教員自身も自由に意見が言えるとか、子どもと雑談できるかとか、そういうのがすごく影響するのは実感としてありますね。ただ、管理職になる人も、学校を管理しなきゃいけないので、ある意味でがんじがらめになって苦しんでいると思います。
 誰かに言われて気持ちが楽になった言葉はありますか。
 江塚 私は三つあります。一つは「学校は全てじゃない」って言ってもらえたこと。それまで学校に行けないから自分はダメなんだって思ってたけど、不登校は自分の全てじゃなくて一面に過ぎないから、自分の全部がダメってわけじゃない。その言葉がすごく救いになり、活動的になれました。二つ目は「あなたなら絶対大丈夫」って言ってもらえたこと。不登校で一番苦しんでいた時期に言われても響かなかったかもしれないけど「学校は全てじゃない」って言われて自信を付け始めたときに言ってもらえたので、自分はダメじゃないってことをはっきり思えるようになれました。三つ目は「西の魔女が死んだ」っていう不登校の女の子とおばあちゃんの物語に出てくる言葉。学校に行けず悩んでる女の子におばあちゃんが言う「自分に合った場所を探して生きていけばいい。無理にそこにとどまる必要はない」って言葉にハッとし、気持ちが楽になりました。
 秋田 自分は不登校だったころは余裕がなかったので、言われて楽になった言葉というよりも、まともに話を聞いてもらえるだけでよかったですね。自分のぐちゃぐちゃな気持ちを口に出すと楽になるので、それを否定せず受け止めてくれる人がいたのが救いになりました。
 川中 私は別室登校をして1年くらい中学の先生とはほとんど会話がなかったんです。卒業が近くなってからちょっとしたことで保健室に行ったんですけど、その時に養護教諭の先生と話ができました。以来、今もよくしてくれる先生で、必ず言ってくれるのが「できる」って言葉。「あなたならできるよ」って。その先生と会って生活がプラス方向に進むようになりました。言葉で救われたというより関わってくれる先生に出会えたことが自分の中ですごく大きかったなっていうのがあります。
 外山 おそらく養護の先生はなぜあなたが教室に入れないかが分かったんだろうと思う。分かったから「できるよ」って言ってくれたんだ。大事なのはそこですよね。原因を突き止めなければ「できる」って言い方は出てこないはずなんです。不登校の子どもたちはなぜ学校に行けないのか自分で分からない場合が多いけど、逆に言えばなぜ行けないのかが本当に分かったら半分解決。そこから数カ月もすれば行けるようになる。問題は、なぜ行けないかって原因をどう分からせてあげるかということだよね。答えを言ってもダメ。あくまで本人が気付かないとね。キーワードは気付き。どうすれば本人が気付くか。なかなか難しいんですけどね。
 将来の夢を教えてください。
 江塚 私はまだ将来就きたい仕事はないんですけど、夢というより、今日はこれをやりたいという日々の細かい目標を大切にするようにしています。
 秋田 自分は仕事だけじゃなく、人として目標を持つことを夢にしたいと思っています。学校に行けなくなったときに心に決めたことが二つあるんです。自己犠牲をしないことと、でもその上で、他人を傷つけないこと。きっとどちらも簡単ではないけれど、そういう人間になれたら素晴らしいだろうなって。そう思うだけで、進むべき道が分かってくるんじゃないかな。なのでこの二つを夢として抱いていければと思ってます。
 川中 最終目標は、人の心に寄り添う仕事です。職業として目指しているのは養護教諭。学校でいろいろあったのにまたそこに戻るの?ってよく言われるんですけど、経験した自分だからできることってあると考えています。養護教諭以外でも、カウンセラーとか、子どもと関わり、子どもの心に寄り添える仕事を目指して勉強しています。


「今は安心して休んで」


 最後に一言ありますか。
 江塚 不登校の子どもたちには、ちゃんと休めば必ず心に余裕ができて、今は絶対できないと思っていることもできるようになるので安心してちゃんと休んでほしいって伝えたいです。自分が不登校になった時にすごく焦りがあって、家から出られない状態になってしまったんですけど、それでもゆっくり休んで心に余裕ができたときに初めてフリースクールだったり、外に出て楽しんだりすることができました。だから伝えたいんです。もっと周りの人を頼っていいから、とにかく今はしっかり休んでいいんだよって。

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