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静岡人インタビュー「この人」 森茂均志さん ソフトボール審判員の普及・育成に尽力する

 楽器メーカーのヤマハ(浜松市中区)に勤務しながら、日本ソフトボール協会の公認審判員として活動する。選手として25年間活躍した後、審判の資格を取得した。ソフトボールに対する思いは熱く、競技との関わりは45年を超す。長年にわたって指導的な役割を果たし、今年2月には同市ソフトボール協会の審判委員長に就任した。64歳。

森茂均志さん
森茂均志さん

 ―ソフトボールを始めたきっかけは。
 「1976年に入社し、勤務先の工場にあったソフトボールクラブを見学したのがきっかけ。ソフトボールの経験は小学生の頃の子供会活動だけ。素人だったが、体を動かして健康になろうと入部した。内野手として43歳まで現役を続け、全国大会にも出場した」
 ―なぜ審判員に。
 「遊び半分の気持ちでソフトボールを始めたが、試合の緊迫感に魅せられ、夢中になることができた。引き続き競技に携わり、少しでも恩返しできればと選手を引退した翌年からは審判員に専従し、経験を積みながら全国大会に参加できる第1種の資格まで取得した」
 ―心掛けていることは。
 「試合中、ボールと選手は常に動いている。正確な判定には正しい位置取りが重要になる。審判の存在は縁の下の力持ち。選手が思いきってプレーし、安心して試合を任せてもらえるよう研修で実技やルールを学びながら、技術を磨いてきた」
 ―今後の抱負を。
 「浜松市の審判員も平均年齢が上がっている。仕事を持っている現役世代は休日に活動することになるが、若い人たちを積極的に勧誘していきたい。自分自身は健康に気を付け、できる限り長く審判員を続けていければと思う」

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