妻のいない生活、息子と母の介護一手に 「助けて」心の中で叫び【障害者と生きる 第3章 成人㊤】

 妻美保さん(仮名)の笑い声が消えた家で、渡辺裕之さん(58)=静岡市清水区=は全介助状態にある先天性筋強直性ジストロフィーの息子隼(しゅん)さん(24)の介護に1人で向き合うことになった。その厳しさは、美保さんが亡くなった直後から痛感した。

リハビリに励む隼さんを手伝う渡辺裕之さん=2021年6月、静岡市駿河区
リハビリに励む隼さんを手伝う渡辺裕之さん=2021年6月、静岡市駿河区

 美保さんが急死したのは2018年10月27日。以来、裕之さんはショックで食事が喉を通らなくなり、まともに眠ることもできない日が続いた。しかし、隼さんの食事や排せつの介助、たん吸引など、日々の介護は押し寄せる。並行して通夜や告別式の手続きも済ませた。息つく間もなく時が過ぎた。
 こんな時も全てが綱渡りだった。喪主の裕之さんが手いっぱいになっている間、通夜の席で隼さんを見てくれる人がいない。通所する施設の看護師に頼んでも施設外では業務に当たれず、訪問看護師も自宅以外には派遣できないと断られた。頭を抱えていると、元看護師である隼さんの同級生の母親が引き受けてくれ、なんとか通夜を執り行うことができた。
 「『誰か助けて』。心の中で何度も叫びました。忙しかろうが、体調が悪かろうが、これからは全部自分1人でやらなければいけない。すごいプレッシャーと恐怖です。私に代わりはいません」
 介護するのは隼さんだけではない。認知症の母美奈江さん(89)を見守ることにも神経をすり減らしている。
 美奈江さんは16年11月9日、自転車で転倒して左大腿(だいたい)骨を骨折して入院した。もともと物忘れが多くなってきていたが、人との会話が少ない入院生活が拍車をかけたのか、症状は急速に進行し、入院中に認知症と診断された。
 けがが治って家に戻るも筋力は衰え、歩行は不安定。話が通じず、排せつの失敗も多い。基本的にはベッドから動かないが、時々思いがけない行動をとるので目が離せない。幸い、高齢者介護の支援制度は比較的充実しており、なんとか1人で母と息子を介護するが、心に余裕はない。
 「認知症はこういうものだと分かっていても、いら立ってしまうことがあります。認知症の老人に暴力を振るったみたいな話を聞きますが、当事者になると正直気持ちは分からなくもない。私はまだ理性が働くだけです」

 <メモ>訪問看護 病気やけがで自宅での療養生活に支援が必要な場合、看護師や療法士が訪問して状況に応じた支援を行う。医療保険内では通常、週に3回まで利用が可能で、時間は1回30分~1時間半となっている。

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