第1章 龍の棲む国⑬【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

罪人となった頼朝[よりとも]に付き従って共に遠流[おんる]の地・伊豆まで下った者は、叔父で僧の祐範[ゆうはん]が若い甥[おい]を憐[あわ]れんで付けてくれた僧兵の心安[しんあん]と、義朝[よしとも]の家人高庭介資経[たかばのすけすけつね]が付けてくれた藤七資家[とうしちすけいえ]のわずか二人であった。
都から伊豆国府のある三島までおおよそ百里。道中、今日という日を忘れるな、と頼朝は自分に言い聞かせ続けた。
何もかも失くし、ただ二人の供人[ともびと]を従えることしかできぬ自分を惨めに思うか、こんな身となっても手を差し伸べてくれる者がいることを有り難く思うか、心持ち一つできっと迎える明日は変わるはずだ。
(この先、何があって、どのような扱いを受けようと、卑屈にはならぬ。父義朝の忘れ形見として面を上げて生きていくのだ)
こうして頼朝は流刑地である伊豆へ来た。三島まで出迎えてくれたのは、北条荘の領主北条四郎時政[ときまさ]とその郎党四騎だ。
どんな男が見張り役として待ち構えているのか、頼朝は幾分身構えたが、九歳しか変わらぬ時政は若々しく、気さくな男だった。笑っていても目尻の落ちぬ、吊[つ]り上がった長く伸びる眉と目が特徴だ。
落ちぶれた源氏の子を侮蔑[ぶべつ]する素振りは一切ない。心中では、厄介者が来たと迷惑がっているかもしれぬが、表向きはむしろ歓迎してくれているようにも見える。
国府から引き渡しも済んで、建物の外に出た頼朝に、未[いま]だ雪を被[かぶ]る富士山を指さし、
「富士は、泰然としておろう。都の人から見れば、何もかも劣る地に見えようが、なに、そんなことはない。この地に生きる者たちを、いつもあの山が変わらぬ姿で見守ってくれているからな。こちらのちっぽけな喜怒哀楽なぞ、知らぬ態[てい]なのが実に気持ち良い」
と笑い、ぶしつけに頼朝の背を叩[たた]いた。
頼朝はただ、微笑を返した。
「馬は得意ですかな」
時政が、話題を変える。
「むろん」
「ならば、北条まで早駆け致そう」
時政が用意した青毛に、頼朝は跨[またが]った。
「では、参ろう」
言うが早いか、時政が馬と一体になって疾駆[しっく]する。慣れているのか、郎党たちも無言で従う。
頼朝は、供人二人に徒歩でゆっくり追うよう言い置き、馬の腹を蹴[け]った。
(都には、いない部類の男だな)
春風を頬に受けながら、時政のことをそんなふうに思った。
(秋山香乃/山田ケンジ・画)